第7話 リセット

「誰も私のことを知らないところで人生をやり直させて!!」


 大きな建物に入ってまず目についたのは吹き抜けの天井。そして煌びやかな調度品。そこかしこに時計をモチーフにしたオブジェが置いてある。


 前にいる女性は瞬きもせずじっと立ったまま私を見つめた。何だかよくできたロボットを彷彿させる。


「『時間旅行』を希望か?」

「それで人生をやり直せるなら」

「……………………」


 私は彼女の目を見つめた。目が合っているようで、合っていないようにも思える。すると、突然自己紹介を始めた。


「ようこそ、『時間旅行の館』へ。私は『時子』。時間の『時』に子どもの『子』と書いて『時子』と申す」

「……はあ」

「人生をやり直したいということだが、そうであれば『未来』へ行くのが良いだろう」

「未来? 過去じゃなくて?」

「誰もあなたを知らない場所を希望しているのだろう?」

「ああ、そういうこと。じゃあ、百年後とか? そうすれば私を知っている人はみんな死んでいるはずだもんね」

「そんなに時間は必要ない。数十年で十分だ」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、未来へ行きたいです。おすすめコースで」

「承知した。それでは、詳細は『時間旅行』をする部屋で説明する。こちらへ」





 案内された部屋に入ると、中央には肘掛付きの木製の椅子と、その前にテレビが置いてあった。


「あ、そう言えば料金っていくらですか? 所持金、あまりないのでそんなに高くないといいな~なんて、ははは」

「来館者から金銭は頂かない決まりとなっている。ただ、『時間旅行』を希望する場合は対価を支払ってもらう。それは、その人の『時間』だ」

「あ、そうなんだ。よかった」


 時間ならいくらでもくれてやる。


「あちらの椅子へ」


 私は椅子に座った。


「『時間旅行』をするにあたって、いくつか注意事項を説明する。一つ。先程伝えた通り、時間旅行者、つまりはあなたの『時間』を頂く。『過去』もしくは『未来』の滞在時間によって対価として支払う『時間』の長さは変わる。そして『時間旅行』をするに伴い、あなたの『記憶』を我々は拝見する。この二点について、あなたは了解し、異議を申し立てない」

「大丈夫です」

「二つ。『過去』もしくは『未来』へ行き『現在』に戻る場合、滞在した時間の分だけ『現在』の時間も進む。例えば、『過去』に一時間滞在し『現在』に戻った場合、今から一時間が経過する。この点についてあなたは了解し、異議を申し立てない」

「問題ないです」

「三つ。『過去』を変えても――」

「あの、全部同意するのでもう早く始めちゃってください」

「………………」


 すると、時子さんはどこからともなくクリップボードとペンを取りだした。


「契約書だ。注意事項はこちらにも書いてあるので目を通すように。問題なければサインを」


 とは言われたものの、私は読みもせず紙にサインをした。時子さんに返すと、彼女はサインを一瞥した。


「……確かに受け取った。行くのは『未来』で間違いないか?」

「はい。……どれくらい未来へ行けば人生やり直せますか?」

「三十年あれば十分だ」

「じゃあ、それで」

「承知した」


 時子さんが手を叩くと、部屋の照明が暗くなった。彼女の薄くぼやけた姿が見える。


「テレビの画面を見て。何が見える?」

「え? 反射して映っている私――」


 突然、鋭い何かが後頭部を刺した。遅れて痛みがやってくる。視界が勢いよくぐるん、と回る。


「それでは、良い『時間旅行』を――」

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