第24話 雨の日も働く隊長
ざあっと急に降りだした雨が庇や外壁を叩く音がする。
その音を聞いて第1隊に所属する団員はうんざりとした顔をした。
これから町の巡回に出ようと準備をしているところである。
ノートンが皆の気持ちを代弁するような言葉を口にした。
「こんな日は悪党も家に帰ってのんびりしようとするんじゃ?」
ブランドがそれに答える。
「ギークが言うにはこういう日こそ狙い目らしいぞ。外に人の目がないからだそうだ。あいつは三流だが悪党には違いないからな」
言いだしたノートンもブランドがこの程度の言葉で見回りをやめようと言い出すとは思っていない。
正攻法では無理と判断して搦め手から攻略することにする。
「なあ、ドラマタ。雨に濡れるのは嫌だろう?」
木箱をカリカリと引っかいて遊んでいる子猫に問いかけた。
ドラマタは最初の頃と違って衛士団の詰め所内にブランドが居さえすれば、べったりとくっついていなくても平気になっている。
それでもブランドが外回りに出るときはその肩に乗っていることが多い。
最近ではブランドについてネコ隊長という呼び方が町の一部で広まりつつある。
ドラマタは箱の上からニャとノートンを振り返った。
ちょうどその時激しく雷が鳴る。
ンギニャッと叫ぶとドラマタは物凄い勢いで木箱から飛び降りると矢のように床の上を走り抜けブランドに飛びついた。
まるで2倍の大きさになったかのように毛が完全に逆立っている。
ブルブル震えるドラマタをブランドは両手で包んでやった。
気づかわしげなブランドは困った顔になる。
ドラマタの毛を撫でて落ちつかせてやりながら話しかけた。
「なあ、ドラマタ。俺は見回りに出なくちゃならん。一緒に来るか? 留守番しているか? お前はどっちがいい?」
ドラマタは目をまん丸にしながら抗議の声を上げる。
まるでこんなに小さくて可愛い私を置いてどこに行くんですかと言っているようだった。
ノートンたちは声に出さず頑張れドラマタと念を送る。
そのとき、外への扉が開いてずぶ濡れになった第3隊が賑やかに帰ってきた。
「急に降り出すから濡れちゃったわ」
そう言うイライザの額にはほつれ毛が張りついている。
衛士団の制服はさすがに透けるということはなかったがピタリと肌に張りついていた。
すこし走ったのか、頬に血の色が浮かぶイライザの姿は場違いに艶やかである。
見慣れた同僚の姿の中からぬるりと女が殻を破って現れたようで、団員たちの幾人かはゴクリと唾を飲み込んだ。
ただ、こんなときでもブランドはいつもと変わらない。
棚に近づくと洗濯済みの大判の布を取り出してイライザたちに配ろうとした。
「よく拭かないと風邪をひくぞ」
「ブランド、ありがとう」
最初に渡されたイライザは顔についた水滴を拭う。
第3隊の隊員の1人が気を利かして残りの布を受け取った。
「ありがとうございます。あとは私が」
ちょっといい雰囲気ふうに見える状況が続くように配慮している。
イライザはちょっと襟元をくつろげて鎖骨の辺りに布を押し当てた。
それにつられて張りのある膨らみが腕の動きに抵抗する。
大抵の男であれば視線が吸い寄せられる光景もブランドには効果がなかった。
「服も着替えた方がいいな。具合が悪くなったら大変だ」
「そうね」
朗らかに相槌を打ちながらも、イライザはぐぬぬと秘かに歯がみをする。
これでも効果がないのであれば、いっそのこと、この場で脱いでやろうかという考えに一瞬だけなった。
すぐに考えを改める。
実際にやったところで、肝心のブランドが呆れ、他の団員からは痴女扱いされてしまうだけだろう。
そんな妄想のことはつゆ知らず、ブランドはドラマタをイライザに差しだした。
「これから、巡回に出てくる。濡れるのは嫌だろうし、雷も怖いようだ。詰め所に置いていくのでよろしく頼む」
ドラマタはブランドべったりだが、イライザには比較的気を許している。
あまり嬉しくなさそうなドラマタにブランドは顔を近づけた。
「いい子にしているんだぞ」
ナオ。
不承不承ながら大人しくイライザの手に移る。
ブランドは壁のフックから雨天用のコートを羽織った。
こうなるとノートンたちも大人しくそれに倣う。
「ブランド。気をつけてね」
イライザの声に手を振るとブランドは激しい雨の中に出ていった。
くるりと踵を返すとイライザは部下に指示をする。
「ブランドも注意していたように濡れたままでは良くないわね。先に着替えてから内勤業務を行うこととする」
自らも更衣室に入るとドラマタを床に降ろした。
手早く制服を脱ぐ。
下着まで濡れていたのでそれも剥ぎ取った。
新しいものを身につけ、ハンカチを棚から取り出す。
更衣室に誰もいないのをいいことにハンカチに頬ずりをした。
このハンカチは元々はブランドのもので先日ケブス村に出かけたときに差しだされたのをそのまま貰っている。
もちろん、新しいものをブランドに送っているので借り得をしているわけではない。
このようにしてイライザはブランドが所持していたものを複数持っている。
ドラマタが比較的イライザに対して懐いているように見えるのも、そのハンカチからほのかにブランドの匂いがすることが原因だった。
イライザはズボンのポケットに大事そうにハンカチをしまう。
「ほら、ドラマタおいで」
呼びかけると素直にイライザの手の中に収まった。
更衣室を出て大部屋へと向かい、椅子に座る。
ドラマタはすかさず腿の辺りに移動してうずくまった。
部下がやってきて書類を書き始める。
顔を上げると感心した声をだした。
「ドラマタ、イライザ隊長と一緒だと大人しくしてますね。私は触らせてももらえないですけど」
「慣れの問題だろう」
「そうですかねえ。やっぱりブランド隊長との関係も影響しているんじゃないですかね。割と親しいじゃないですか」
「口を動かすのはそれぐらいにして手を動かせ」
「は、はい」
部下は慌てて報告書を書き始める。
イライザは書類書くためにずっと下を向きっぱなしだった。
そのため、周囲には分からないが秘かに口の辺りが緩んでいる。
傍目には私とブランドは親しくしているように見えているのか。
まあ、あくまで隊長同士としてだろうな。
それでも、反目していたり、関心がないよりはずっと良い。
フフフと笑みを浮かべるイライザをドラマタが不思議そうに見上げるのだった。
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糸目の衛士隊長はお人好し 新巻へもん @shakesama
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