第23話 困り者の客

「ブランド隊長!」

 叫び声と共にパタパタと子供が走ってくると広場から帰宅しようと歩いていたブランドのところで急停止する。

「どうしたんだい?」

 膝に手を当てて俯いていた子供は少しの間息を切らしていたが、ようやく顔を上げた。

「ああ、良かった。ブランド隊長が見つかって。うちのお店でものすごく騒いでいる人がいるんです」

「そうか、すぐに行くよ。アリスは後からおいで」


 ブランドは走ってアリスの家が営んでいる宿屋に向かう。

 2ブロックを進み角を曲がると目的地が見えた。

 何事かと振り返る町の人々の中を駆け抜ける。

 宿屋の表の扉を開けただけで大きな声が聞こえた。

「なんで4人分の料金が必要なんだ?」

 宿屋の帳場で中年男性が吠えている。

 その側には女性とその子供らしき2人が立っていた。

 子供といっても女性とほとんど背丈は変わらない。


 騒ぐ4人を数組が遠巻きにしている。

 どうやら別の泊まり客らしい。

 困り切った様子の宿屋の若女将はブランドの顔を見るとホッとした顔をする。

 1つ深呼吸をするとブランドはキビキビと歩みよった。

 ニコリと若女将に笑みを向ける。

「どうもこんにちは。なんの騒ぎですか?」

「あんた、何だね?」

 男性は振り返ると胡散臭いものを見るような目つきになった。


「この町の衛士です。今日は非番なので制服は着ていませんが」

「ああ、衛士さんですか。聞いてください。このぼったくり宿はなんと4人分の料金を取ると言うのです。全く非常識にもほどがあると思いませんか? 1泊で銀貨10枚と言うんですよ。全く意味が分かりません。これは詐欺です。厳しく取り締まるべきです。今すぐ逮捕してください」

 男性はつばをまき散らす勢いで自分の主張をまくし立てると、腕を組んでふんぞり返る。


 ブランドは壁に張り出してある料金表の木札に目をやった。

 真新しい木札には宿泊大人1人分が銀貨2枚と銅貨5枚となっている。

「そこに張り出してある料金表のとおりだと思いますが」

 ブランドの指摘に男性は顔をしかめた。

「それはおかしい。衛士のくせに計算もできないのか。銀貨5枚に決まっているだろう。この2人は子供なのだから。10年前に来たときはそうだった」

「なるほど」

 事態を理解したブランドは頷いた。


 理解が得られたと思ったのか男性は若女将への糾弾を再開する。

「ほら私の言うことが正しかっただろう。早く2部屋用意しろ」

 扉が開く気配がしてブランドが目の端で確認するとアリスが扉を開けて入ってくるところだった。

 遠巻きにしている他の客らしい集団のところにいき頭を下げている。

 ブランドは男性を止めに入った。


「ちょっと待ってください。そうだ。話が長くなりそうなので、まずお名前を伺いましょう」

「なんであんたに名乗らにゃならんのだ?」

「小職はブランドといいますが、先ほども言ったようにこの町の衛士を拝命しています。衛士は職務遂行上必要があれば名前を尋ねることができるんですよ。お答えいただけない場合は、詰め所に同道してもらうこともあります」

 男性は渋々ながらバーグと名乗る。


「それではバーグさん。宿屋というものはどういうところだとお考えですか?」

「は? 何を分かりきったことを聞くんだ。馬鹿にしているのか」

「では、私が言いましょうか。雨風に晒されることなく安全にベッドで寝ることができるということに料金が発生する、それが宿屋です。ここまではいいですか? 異論があれば言ってください。……。無いということでいいですか?」

 ブランドは壁の料金表を指さした。


「つまり、大人というのはここでは1人でベッドを使う人を指すんですよ。そうである以上、4つ分のベッドを使うなら4人分払う。お子さんと一緒に添い寝をするなら、2人分でいいですよというだけです」

「そんなことは書いてないから分からないだろ!」

「今、ご説明しましたね。それでどうされるんですか? 銀貨5枚で1部屋か、10枚で1部屋か。こちらの宿屋の提案のどちらにします? もちろん気に入らないなら他の宿を当たるということもできますよ」


「そんなのおかしいじゃないか」

「いえ、そんなことはありません。あなたが言っていることは4個で小銅貨2枚のオレンジを小銅貨1枚で売れと言っているのと同じです。言うのは自由ですが売主が断る自由もあるんですよ」

「いや、しかし、納得できない!」

 バーグは声を張り上げた。


 ブランドはバーグの肘を取る。

「これ以上は宿屋の迷惑になる。営業妨害になっているから詰め所で話を聞きましょう」

 無理やり腕を振り払うと文句を言っていたバーグは足音も荒く建物の外に出ていった。

 家族と思われる3人は慌ててその後に続く。

 若女将は深々と頭を下げてブランドに謝意を示した。


「どうもありがとうございました。私が何を言っても女じゃ話にならんと相手にしてもらえなくて。言っていることが支離滅裂でしたし」

「災難だったな。ご主人はどうしたんだ?」

「屋根から雨漏りをする場所があって修繕の依頼に出かけています。大雨が降る前に直してもらった方がいいだろうって」

「なるほど。それはそうだね」

 人の気配にブランドは振り返る。

「お騒がせしました。お待ちの方、順番にどうぞ」

 アリスが如才なく他のお客さんを案内していた。


「お待たせして大変申し訳ありません」

 深く頭を下げれば、文句は出ない。

「まだ小さいのに立派ねえ」

 むしろ褒める声が上がった。

 母親である若女将がお客さんと話を始めると、アリスはブランドに礼を言う。

「隊長さん。どうもありがとう」

「いや、アリスも大変だったな。おっと、そうだ。熱は下がったのかい?」

「うん。……本当はね、そんなに具合が悪かったわけじゃないの」


 そこに宿の扉が開いてバーグが入ってきた。

「ほら、あそこの男です。宿屋と結託して高額の宿泊料を払わせようとした自称衛士です。捕まえてください」

 続いて入ってきたのは8番隊の衛士3人である。

 途端に興味を失った顔になった。


 それに気づかぬバーグは衛士を急き立てる。

「ほら、何をしているんです。早く捕まえてください。私の肘を掴んで赤くなっている。これは暴行じゃないんですか?」

「あのね、おじさん。あの人は本物の衛士なんだ。しかも隊長。隊長は非番の時でも衛士の権限を執行できる。それで、なんだっけ? 現職の衛士を告発したことになるけど、とりあえず続きは詰め所で話を聞こうか」

 ようやく事態を悟ったバーグは顔面蒼白になりながら連行されていった。


 後で話を聞いたフンボルトは首を振る。

「非番の日に宿屋のトラブルの仲裁までやってるのか……」

 イライザは話を聞いてブランドらしいと思った。

 そして、アリスは頼りになる隊長さんに助けてもらったことを子供たちに吹聴する。

 子供たちは間近にブランドの活躍が見れたことを羨ましがった。

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