第22話 子供たちとの休日
トールハイムの町の中央にある広場に賑やかな声が響いている。
お昼を過ぎた頃で強い日差しに大人たちの姿は少なかったが、そんなものはものともしない子供たちが元気に遊んでいた。
「こっちだ」
腕白小僧のトマスが叫ぶ。
ボールを受け取るとブランドにボコンとぶつける。
「やった。これで全員捕まえたぞ」
子供たちは盗賊と衛士団の二手に分かれて追いかけっこをする衛士団ごっこをしていた。
「よーし、水を飲みに行くぞ」
ブランドが呼びかけ、子供たちは噴水へと走っていく。
息が上がってへばっている子供はブランドが引き起こして連れていった。
トールハイムの町は近くの山の水源から引いてきた水が噴水から常に流れている。
噴水を受ける池の脇から流れ出る水で喉を潤すとブランドは木陰に向かおうとした。
「ねえ、ブランド隊長。続きをやろうぜ」
「1回だけって話だっただろ」
トマスはちぇと言いながら他の子供を連れて駆けていく。
それを見送るとドラマタが走ってきてブランドの体に飛びついた。
グリグリと頭を押しつけてくるのでブランドは撫でてやることで宥める。
ドラマタの機嫌を取りながら歩いていき、大きな木の下で人形でままごとをしている女の子の一団に声をかけた。
「今日はアリスは居ないんだな?」
「うん。熱が出たんだって。学校もお休みしてた」
「そうか。ありがとう」
女の子たちはドラマタに視線を向けるが、触らせて欲しいとは言わない。
この白い子猫が人のえり好みをするのを既に知っていた。
基本的にブランドは別にして大人の女性以外には懐かない。
ノートンが抱え上げて下腹部を観察した際に、男性団員たちは、なるほどなあという声をあげていた。
ブランドは少し離れて居る木のところで所在なげにしている子のところに行く。
「やあ、ローザ」
「こんにちは……」
蚊の鳴くような声で返事をした。
ローザはお人形を持っていない。
そのため、先ほど声をかけたグループには入れなかった。
活発な子であればトマスと一緒に混ぜてもらうこともできる。
トマスは騒々しいし生意気な口をきくが、来る者は拒まずで大勢の方が楽しいという性格だった。
走るのが遅かったり、運動が得意じゃない子でも楽しめるように工夫するのも上手である。
しかし、ローザのように本人があまり活発でないのにトマスと一緒に遊ぶよう勧めるのも憚られた。
ブランドはポケットから毛糸の紐を取り出す。
紐は端が結び合わせてあり輪になっていた。
ローザの横に腰を降ろすと紐に指を通す。
さっと指を動かすと色々な形を作り始めた。
「わあ」
ローザは目を輝かせる。
「魔法みたい」
ドラマタが興味を示してじゃれつきそうなものだが大人しくしていた。
「ローザもやってみるかい?」
ブランドは紐をほどくとローラに手渡す。
「そうそう、この部分を中指で下からすくって。上手いなあ」
ぎこちない指さばきを褒めた。
オジサンが少女とあやとりをしている。
世が世なら事案となる絵面だった。
「できた!」
ローザは誇らしげに糸をブランドに示す。
「良くできたな」
「ねえ、次のやつ教えて」
そこに男の子がやってきた。
ヒョロリとしてあまり運動は得意ではない子である。
「ねえ、僕も交ぜてもらえるかな?」
ローザはもじもじとした。
小さく頷く。
指にかけていた紐を男の子に差し出そうとした。
それをブランドが止める。
「ああ、大丈夫。もう1本あるから」
新たなものをポケットから取り出した。
ささっと先ほどやってみたものを再現する。
それから糸を男の子に渡した。
「じゃあ、ローザがお手本だ。先ほどのを見せてあげてくれないか」
ローラが1つ目の形を作ると、男の子はそれの真似をする。
2人とも無事に完成してお互いに見せ合いをした。
そこにトマスが数人を引き連れて走ってやってくる。
「なんだよ。何をコソコソやってんだよ? 俺もやる」
紐を受け取ってやってみるが、指に絡まってしまった。
ブランドはそれをほどいてやる。
トマスは唇を尖らせた。
「こんなの上手くても衛士になるのには関係ないよ。そうだろ?」
ブランドはニヤリと笑う。
「さあて、そいつはどうかな」
「なんだよ。その顔は?」
「魔法を使うのに指先で複雑に印を刻むだろ? イライザはこれで指先の訓練をしたと聞いたがな」
「ブランドは魔法使えないじゃないか」
「まあな。魔力もなきゃいけないし、若い内から魔法を使う訓練をする必要もある。でも、指先の器用さも必要なのは間違いない」
「ふーん」
トマスは少し悔しそうな顔をした。
「まあ、俺は魔法が使えなくてもいいや。剣が強ければいいし。そうだ、大猿人と戦ったときのことまだ話してくれてないじゃん。聞かせてよ」
ブランドは手を動かして毛糸で新たな形の見本を見せながら、大猿人と戦ったときのことを話して聞かせる。
途中でブランド示した型の真似をする2人の子の手元を直してやりながらで、なかなかに忙しい。
「ということで、最初に気がついたのはドラマタだし、トドメを刺したのはベアトリス団長さ。俺はアシストしただけだよ」
ドラマタは寛いでいた首を上げニャと鳴く。
「でもさあ、大猿人ってデカいんだろ。それと戦ったんだよな。すげー」
関心している隙にブランドはあやとりの指導をして2人は少しの時間差で完成させた。
「凄いな。もう2個もできるようになったのか。それじゃ、早くスムーズになるように繰り返してみよう」
ローザと男の子はこくりとして手を動かし始める。
トマスがブランドに問いかけた。
「それじゃあさ、ブランドと団長ってどっちが強いんだ?」
「まだ、手合わせをしたことはないから分からないなあ。たぶん、団長じゃないか」
「そうかな? 俺はブランド隊長の方が強いと思うけど。隊長と団長が戦うところ、俺も見てみたい。なあ?」
トマスは周囲の子供に問いかける。
見たい、見たい、という声があがるがブランドはそれを制した。
「これから町の外の探索で忙しくなる。なかなか練習試合をするチャンスはないだろう。おっと、まだ行くところがあるんだった。それじゃ、またな。暗くなる前に家に帰れよ」
立ちあがるブランドにローザたちは紐を返そうとする。
「ああ、今度会うときまで貸しておくよ」
よく滑る手触りのいい毛糸の紐は珍しい。
大人にとってみれば大した金額ではないが子供にはそうそう手が出ないものである。
2人にだけプレゼントするわけにはいかない。
実際、ブランドが立ち去ると、トマスは2人に対して羨ましそうな顔をしていた。
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