第21話 付き添い

 ジャクソンはかなり遠方の開墾地に送られることに決まる。

 トールハイムのように温暖な場所に住む人からすれば寒風吹きすさぶ世界の果てと思える場所だった。

 この時代、庶民は生まれ育った場所から離れることは少ない。

 そのため遠方での出来事が誇張して伝わることが良くある。


 実際にはジャクソンが送られる開墾地には元から住む者もおり、イメージするよりも環境が劣悪なわけではなかった。

 それに現地で何をさせられるのかはまだ本人には明かされていなかったが、ジャクソンが生業とする農作業をすればいいことになっている。

 船の漕ぎ手をしたり、鉱山で働くのに比べればかなり楽な内容と言えた。

 ある意味においては、罰金刑となりトールハイム周辺で白い目を向けられながら貧乏暮らしをするのよりはマシと言える。


 キョトキョトとしながら護送用の馬車に乗せられるジャクソンの姿をエーラは建物の2階から見送った。

 馬車の後ろの頑丈な扉が閉まりジャクソンの姿が見えなくなるとイライザはエーラに声をかける。

「それじゃ行きましょうか?」

 普段仕事をしているときの凛々しい姿からすると信じられないほど優しい目をしていた。


「はい」

 エーラは素直に頷く。

 イライザはそのまま孤児院までエーラを送っていった。

 僅かな思い出の品の私物を持ち道を歩くエーラの顔は緊張している。

 ジャクソンが拘束される前後のケブス村も居心地がいいとは言えなかったが、全員顔は知っていた。

 孤児院に知り合いはいないし、なんとなく怖いところというように感じている。

 イライザはエーラの手を握った左手に力を込めた。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。院長も厳しいけど悪い人じゃないから」

 話しかけられたエーラはこくりと首を縦に振るが頬は強ばったままだった。

 幼い頃の自分を思い出してイライザは苦笑する。

「まあ、そう言われても不安よね。私も最初に孤児院に入ったときはどんなところか心配だったわ」

「え? イライザ隊長も孤児院に居たんですか?」


「あら。私が孤児院出身というのは知っているのかと思ってたわ」

「そうなんですね。知りませんでした」

「少しは安心した?」

「うん。でも、私は隊長みたいに強くないし……」

 イライザは立ち止まった。


 どうしたのかと見上げるエーラの耳元に体を屈めて口を寄せる。

「私もね、孤児院に入ったばかりの頃は夜寝るときに泣いていたわ。毛布を引っ被って周りにバレないようにして。これ、他の人には内緒よ」

 耳元から口を離すとエーラの顔を覗き込み片目をつぶった。

 他人から舐められないようにいつも気を張っているイライザだったが、不安な女の子の心をほぐすためなら過去の秘密を明かすのはやぶさかではない。


 イライザの話す内容を想像したのかエーラはくすりと笑った。

「とても信じられないです」

「そりゃ私だって昔からこうじゃ無かったわ」

「えーと、それなら私も大きくなったらイライザ隊長みたいになれるかな?」


 イライザはエーラの目の中に不安以外のものを見いだす。

 そのまっすぐな眼差しが眩しい。

 ここで無責任に肯定するのは簡単だ。

 それを励みに頑張る子もいるのは分かる。

 しかし、イライザはイライザだった。


「それは分からないわ。あなたが大人になってみなければ分からない。だから、大切なことは、きちんと食べて、きちんと寝て大きくなることよ」

「そっか」

 イライザはエーラの手を引いて再び歩き出した。

「私みたいになれるかと思ってくれたことは嬉しいわ。でも、お手本にするならもっと立派な人もいるから」

「そうかなあ。でも、私はイライザ隊長みたいになりたいな」

「ありがとう」


 孤児院に到着するとイライザは院長のところにエーラを連れていく。

 院長は笑みを見せた。

「エーラ、いらっしゃい。今日からはここがあなたのおうちよ」

「よろしくお願いします」

 丁寧な挨拶をするエーラに院長は目尻の皺を増やす。

「あら、礼儀正しいのね。イライザ隊長が子供の頃もこんな感じだったかしら?」

「こんなにしっかりはしてなかったと思いますよ」


 イライザは屈むとエーラの頬を優しく摘まんだ。

「週に1回はここに寄るようにする」

「うん。待ってる」

 返事を聞いてイライザは背を伸ばすと院長に向き直る。

 かつては見上げた姿だったが、今ではイライザの方が背が高い。

 背丈が伸びるだけでなく、強さも地位も身に付けている。

 かつてここで暮らしていたというだけでない影響力を有していた。

「よろしくお願いしますね」


 イライザは孤児院を出ると街中を歩き始める。

 巡回中の部下を見つけると合流した。

 しばらく進むと前方に騒ぎを見つける。

「何を騒いでいる!」

 辺りを圧する声を響き渡らせた。

 それと同時に駆けだすと争っている2つの集団の間に割り込む。


「まずは落ちつけ」

 両者を睨みつけた。

 一足遅れた隊員がさらに両者を分け隔てる。

 喧嘩をしていた者たちはイライザを目の前にしてすっかり大人しくなっていた。

 鋭い視線を飛ばすイライザにはエーラに話しかけていた優しげな面影はない。

 トールハイムに住む者には危険な状態だということが良く分かっていた。


「さて、往来でつまらん騒ぎを起こした理由を聞こうか」

 通常なら口々に自分たちの方が正しいということを主張するところである。

 ただ、つまるところきっかけはなんであれ所詮は喧嘩であった。

 となると、イライザから厳しく叱責されることは間違いない。


「どうもお騒がせしてすいません」

「隊長の手を煩わせるほどのことじゃないんで」

 双方がイライザに取り入るような笑みを浮かべる。

「ちょっと気が立っていた。いやあ、悪かった」

「こっちこそ。それじゃ、遺恨無しということで、な?」

「おう。それじゃ手打ちということで」

 争っていたグループの代表が掌を打ち合わせた。


 そろり、そろりと両方が距離を置いて反対方向に移動を始める。

「おい、お前たち」

 イライザの鋭い声が飛んだ。

「次は詰所まで連行して取り調べるぞ。分かったか?」

「はい、はい。それはもう」

「気を付けまーす」


 どうやらお目こぼしをしてもらえると考えた2つのグループはさっと姿を消す。

 ふん。

 イライザは不機嫌な顔になった。

 ブランドならもうちょっと穏便に事を収めることができる。

 自分は力で押さえつけているだけだということに赤面する思いだった。


 

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