第20話 判決
伸び伸びになっていた審理が行われ、ジャクソンへの判決は結局のところ懲役5年となる。
その言い渡しの場に臨んだイライザは表立って不満を示さなかった。
同様にその場に立ち会ったブランドが衛士団の詰め所に戻ってくるとベアトリスは団長室に招き入れる。
「私に何か御用でしょうか?」
「ああ、ブランド隊長と少し話をしておきたいと思ってね。あなたが企画した巡察から始まった事件だ。関心が高いだろう? 行政長官の判決に意見があるかと思ってね」
「正直のところを申し上げてよろしいですか?」
「もちろん。そのために呼んだのだから」
「自分で使用していただけならいざ知らず、売るつもりであったという疑いもかかったのであれば、ジャクソンに5年の刑というのはまあ妥当といえる範囲内ではないでしょうか。ギークの発言なので少々信用に欠ける気もしますが」
「以前は使用したことについても穏便に収めようとしていたけど、意見が変わったということでいいかしら?」
「ジャクソン1人のことを考えれば今でも穏便なやり方はあったんじゃないかというのは変わりません。しかし、こういう仕事をしていると、どんな親でも居ないよりは居た方がいいとは思えなくてですね」
「話が変わるけど、イライザ隊長辺りが怒鳴りこんでくるかと思ったがそんなことはなかったわ。ブランド隊長が説諭したのかしら?」
「いえ。まあ、ジャクソンさえ居なければエーラが孤児院に入ることができるという話はしていましたよ。トールハイムの孤児院は完全ではないですが、悪い人間はいませんからね。そのことはイライザが1番良く知っているでしょう」
ベアトリスはギークを誘導尋問して、魔女の実を売りたがっている人間がいるという話を耳にしたことがあるという証言を引き出していた。
このタイミングであれば売り主は現に魔女の実を所有していたジャクソンであるとの推定が働いても無理はない。
行政長官もそういう印象を抱いた。
魔女の実の単純所持の罪は重くなく、本人が使用していたことを加味しても、鞭打ちと罰金がいいところである。
ただ、現金を持っていないジャクソンが罰金を払う手段は限られていた。
家と畑を売るしかないが、怠け者のジャクソンにその後の働き口があるとは思えず、生活の術を失い困窮することは目に見えている。
その後の成り行きは想像に難くない。
もしかすると、ダメ父のジャクソンはそうなる以前にエーラを夜の店に奉公に出す可能性もあった。
その場合、ブランドやイライザがいくら気に病んでもエーラに救いの手を差し伸べるのは困難である。
世の中にはギリギリでなんとか生きている家庭が少なくない。
親が犯罪者となって生活が立ちゆかなくなった子供を救済すると、真っ当に生きている人間が不満を抱くことになる。
しかし、ジャクソンが懲役になれば話は変わった。
理由の如何は問わず、両親による養育を欠く子供は孤児院に保護される。
それがトールハイムにおける決まりだった。
ジャクソンが懲役刑に処されるとエーラの面倒をみる肉親は居なくなる。
犯罪者の子供というレッテルは背負うことになるが、衣食住は保証された。
イライザがエーラを気にかけてやればそのレッテルの負担を軽くしてやることもできる。
孤児院出身のイライザが現在入所している子供全体のことを気にかけるという体裁であれば問題ない。
もともと、努力の末に衛士団の隊長にまでなったイライザは孤児院の子供たちの憧れの的である。
そして、ジャクソンが懲役になることにもう1つ見逃せない効果があった。
それは今後犯罪組織の者が言葉巧みに魔女の実の取引を持ちかけできたときに抑止力となることが期待できることである。
どこか遠いところに送られて厳しい労働に従事させられるとなれば、そうおいそれとは誘いには乗れない。
一罰百戒の効果が期待できた。
また、犯罪組織が住民に対して協力するように脅したときにも断る口実にできる。
これらを考慮してベアトリスがジャクソンの調書を作り上げていた。
全員が幸せというのは理想論ではあるが、現実的には誰かが貧乏くじを引く必要がある。
本件においてはジャクソンを選ぶのが最も適切だった。
ブランドもその結論には異を唱えるつもりはない。
「だらしのない男ではありますが、懲役刑というのは少々気の毒な気もします」
「そう? あの男、自己憐憫と他責が酷かったわ。ああいうタイプはいずれ自分は悪くないと被害者を演じながら他人を踏みつけるものよ。これは父や兄の受け売りだけど」
ブランドはその言葉を噛みしめる。
「私としては懲役刑で課される労役内容に多少は手心を加えて頂けたらと望むのみです」
「そこは今後のジャクソンの態度次第でしょうね」
「分かりました。私から良く言い聞かせておきましょう。それで、エーラから面会の願いが出ていますが、いかがしますか?」
「あなたの意見を聞きたいわ」
「ジャクソンと会話をさせるのはエーラにとって辛い可能性があります。護送の際に離れたところから見られるようにするぐらいでしょうか」
「そうね。最後に聞かされる言葉が親不孝者という罵倒じゃ可哀想だし、変に感情移入してもこの先良くないでしょう」
「畏まりました。そのつもりで準備をします」
部屋を出ていこうするブランドをベアトリスが呼び止めた。
「ああ、これを渡しておこう」
ベアトリスは後ろに控えていた従者に合図をする。
バッシュは鍵付きの棚から革袋を取り出しブランドに渡した。
「孤児院に寄付しておいてちょうだい。ブランド隊長は定期的に通っていると聞いたわ。私が行ってもいいが色々と気を遣わせるだろうから」
「畏まりました。確実にお渡しします。ただ、1度ぐらいは訪ねて頂けると子供たちも喜ぶと思いますが」
ベアトリスはフフと笑う。
「良く知らない私が訪ねていっても戸惑うだけでしょう。その役目は人気者の隊長に任せる。まあ、そうだな、いずれは。考えておくよ」
ブランドは気をつけの姿勢をとると部屋を出ていった。
バッシュはベアトリスに質問する。
「よろしかったのですか。ジャクソンの心証を悪くするためにギークを誘導したこと、ブランド隊長なら気付くかもしれませんぞ」
「まあ、気付くだろう。だが、ブランド隊長は分かってくれるさ。少なくともエーラの表情が今よりも明るくなればな。そうだ。行政長官に会いにいく。ジャクソンの送り先と日にちを調整しなくては。面会の約束を頼む」
「畏まりました」
ベアトリスは事件が落ちつくところに落ちついたことに満足そうな笑みを浮かべた。
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