第19話 不安

 衛士団の詰所は大騒ぎになっている。

 トールハイムでは団員に故意で剣を向けるというような行為は久しく起きていなかった。

 まったく犯罪がないということはないが、衛士団に見つかった時点で大人しく投降することが普通である。

 ギークやイライザが言ったとおり、衛士団員に剣を向けるということは重罪だった。


 トールハイムで起きる揉め事はたいていが喧嘩である。

 たまに強請やかっぱらいのような事件も起きたが、これらの刑罰はせいぜい鞭打ちで、重犯でも1年程度の禁固又は懲役であった。

 それに引きかえ、衛士団員への攻撃は10年以上の刑期というのが相場である。

 よほどのアホでなければ大人しく捕まることを選んだ。


 そんな状況でケブス村からの帰り道、ブランドとイライザの2人が襲われている。

 犯人たちは程なく王都の犯罪集団の構成員と知れた。

 ギークが自分の心証を良くしようとベラベラしゃべったし、犯人たちは厳しく取り調べを受け白状している。

 そもそも、ギークのような半端者を頼った時点でこのような結果になるのは半ば分かりきっていたことだった。


 犯人たちがトールハイムまでやってきたのは魔女の実を入手するためということも判明する。

 蛇の道は蛇でギークに接触し、魔女の実が生えていると思われる場所に案内してもらう途中でブランドたちに不幸にも遭遇したのだった。

 余所者な上に荒っぽい連中なのでブランドたちの実力を知らず返り討ちになっている。


 ただ、これはブランドとイライザだから無事だったとも言えた。

 他の団員だとなすすべもなく斬られてしまったかもしれない。

 そう考える団員は多かった。

 副団長のホーソンは明らかに動揺している。

「こ、これからは非番のときもなるべく単独行動を避けた方がいいな」


「あんたが動揺してどうすんのよ」

「いや、全員がそなたのように剣の腕が優れているわけではないし、魔法を使えるわけでもないのだ」

「住民を守る役目の衛士団がびびって情けないと思わないの?」

「そうは言ってもな」


 イライザと副団長ホーソンの言い争いはいつもならホーソンが白い目を向けられて終わった。

 しかし、今回は明確に支持しないまでも、確かにこの2人の隊長ほど強くない団員もいるのは事実だな、という声が小さくない。

 イライザに熱心に同調するのはフンボルトぐらいである。

 以前だったら衛士団の運営に支障が出たかもしれなかった。

 しかし、現在の衛士団には団長が存在していた。


 ベアトリスは衛士団の全員に非常呼集をかける。

 集まった団員たちに軽挙妄動を戒めた。

「今回の襲撃は犯人たちの短慮による偶発的なものだ。衛士団員を狙った計画的な犯行ではない。油断は禁物だが必要以上に恐れる必要はないだろう」

 ベアトリスは団員の顔を見渡す。

 まだ、完全に納得がいったという表情ではないことを確認すると声を張り上げた。


「私が衛士団長を務めているときに団員を襲うとはコロンナ家に対する挑戦とみなす。犯人たちの背後にいるものに対しては警告を発するつもりだ。これ以上ことを構えるつもりなら容赦はしないとな。安心したまえ。コロンナ家を凌駕する組織などない。諸君らは、通常通りに職務に励んでほしい」


 この言葉は速やかに実行される。

 魔法を使って王都に事件が報告され、所有する賭場の1つにガサ入れが入るという形で犯人たちの所属する犯罪組織に伝えられた。

 組織の首脳陣は舌打ちをする。

 こんな割の悪い喧嘩を吹っ掛けるつもりは全くなく、現地に派遣した手下の独断に対する非公式の謝罪がコロンナ侯爵へと届けられた。


 実行犯2人は見捨てられ、行政長官による裁きが迅速に言い渡される。

 ブランドに斬りかかった者は王国海軍の漕ぎ手として18年、イライザを脅した男は鉱山での採掘に15年従事させられることになった。

 かなり厳しい処分が下されたことで、トールハイムの衛士団の動揺も収まる。


 また、ベアトリスの提案により、トールハイム周辺をしらみつぶしに捜索して魔女の実の駆除を徹底的に行うことになった。

 高い利益が見込める魔女の実を手に入れられる可能性があるから、破落戸が送り込まれてくるわけである。

 その原因たるものが無くなってしまえば、わざわざトールハイムまで人がやってくるメリットはない。


 魔女の実の捜索は騎士団にも協力を要請する大規模なものとするようベアトリスが動く。

 そのための経費はコロンナ候に口添えしてもらって、特別費用を回してもらうようにした。

 地道で骨の折れる仕事だが、手当が出るとなれば従事する者のやる気は変わる。

 

 住民に対しても魔女の実を発見次第報告することが奨励された。

 もちろん、無料では人が動かない。

 魔女の実を見つけて報告した者には衛士団から報奨金が払われるとのお触れを出す。

 報奨金に国の特別経費を使うことは規則上できず、万年金欠の衛士団のどこにそんな金があったかというと、犯罪組織から密かに払われた詫び料を原資としていた。

 つまり、ベアトリスのポケットマネーを使っている形になる。


 貴族や有力者が縁のある場所のために私費を投じるというのは珍しいことではなかった。

 ただ、通常は領地に対して行うことがほとんどで、たまたま派遣された任地に対して金を使うということは珍しい。

 ましてや、ベアトリスのような若い者が行うことは稀だった。


 トールハイムの町で新しい衛士団長の評判が上昇することになる。

「腰掛けかと思っていたが、真剣に職務に取り組んでいらっしゃる」

「供給元を断つとはなかなか考えつくもんじゃないよ」

 フランセーヌがそんな声を拾ってきて報告するとベアトリスは笑みを浮かべた。


 襲撃事件でとばっちりを受けたのは魔女の実を口にしたジャクソンである。

 衛士襲撃事件の裁判が割り込んだために想像通り後回しにされ、衛士団の牢での拘束が20日にも及んだ。

 魔女の実による影響を脱するとどんな刑罰が言い渡されるかということばかりを気にして過ごす。


 娘のエーラのことが気にならないかとのイライザの問いかけには、とんでもないことを言った。

「私は牢に入れられているんですよ。心配というなら、エーラが差し入れを持って面会に来るべきでしょう。とんだ親不孝者だ」

 2人の間に鉄格子があったのはジャクソンにとって幸運だったと言える。

 それがなかったらイライザにぶっ飛ばされていただろう。


 その後、ブランドに出会ったイライザは不満をぶちまけた。

「あの男、最低よ。自分のやったことに対しては、疲れていたからとか、禁止されているとは知らなかったというくせに、娘に迷惑をかけていることに対して何も痛痒も感じていないみたい。挙句に親不孝とまで言うんだから。本当にもう信じられない」

 ブランドは宥めようとする。

「拘束が長引いて不安になっているんだろう」

「それにしてもあのセリフはないわ」

 イライザの怒りはなかなか静まりそうになかった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る