第18話 小悪党ギーク
トールハイムへの道のりを半分ほど消化したところまでやってくる。
イライザの中では妄想が渦巻いていた。
いいお母さんになる。
このフレーズが頭の中で木霊した。
ブランドが恋愛方面ではどうしようもないほどのトンチキだということはイライザもよく理解している。
遠回しな好意の仄めかしであるということは絶対にない。
世の中にはこのセリフに「俺の子を産んでくれ」という意味を持たせてくる気色の悪い男がいることも知っていた。
イライザの男勝りな性格は修行のためにトールハイムを離れたときにちょっかいを出してくる男たちから自分を守るために自然と身についたものである。
強くなった今ではふざけた男がイライザを欲望の対象として見てくれば睨みつけるし、身の程知らずが手を出せば叩きのめした。
そんなイライザであるが相手がブランドであれば話は別である。
2人の子供が欲しいと言われればいくらでも産んでみせるわ、という覚悟はあった。
出産が命がけというのは百も承知である。
妊娠するためには体を交えなくてはならないが、ブランド相手ならどんとこいだった。
トールハイムには小規模な娼館があり、事件の際に乗り込んだこともあるので、知識としてはどういうことをするのかは知っている。
そんなことまでするのかと驚き嫌悪感を抱く行為も耳にしたが、ブランドが望むなら受け入れる心の準備はできていた。
妄想内容が少々どぎついものとなりイライザは頭を振る。
「どうした。大丈夫か?」
前をいくブランドが振り返り心配そうに見ていた。
「あ、ちょっと考え事をしていたの」
「エーラのことか。確かに難しいな」
今後の生活を考えるとエーラがトールハイムの孤児院に入ることができればいいが、孤児院はあくまで両親を欠く子供のためのものである。
いい父親とは言えないがジャクソンが健在であるエーラには入る資格が無かった。
かと言ってこのままケブス村に置いておくのがいいとも思えない。
そんな懸念を語るブランドの話を聞いてイライザは恥じ入った。
真面目なブランドの顔を正視できず道の先の方に視線を向ける。
3人組がこちらに向かって歩いてきていた。
イライザの動きにブランドも振り返る。
その途端に3人組の端を歩いていた男が表情を僅かに曇らせた。
ブランドはその男に声をかける。
「ギーク、どうした? その様子じゃ何かまた碌でもないことに手を出しているな?」
「へへ、ブランドの旦那じゃないすか。やだなあ、顔を見た途端に変なことを言わないでくださいよ。天下の往来だ。あっしが歩いちゃいかんという法はないでしょう?」
「まあな。だが、お前さんは前科がありすぎるからな。日頃の行いが良くないからこうなるんだ。まあ、これからちょっとばかりの世間話をするのは断らないだろう?」
ギークは顔に冷や汗を浮かべている。
この男はしょぼい小銭稼ぎに精を出している小悪党で衛士団の世話になることが多かった。
「奇麗なお連れさんもいますし、あっしなんぞに……」
「あら、ギーク、ブランドが話をしたいと言っているんだから大人しく従った方がいいわよ」
「げ、炎獄のイライザまで」
制服を着ていないために、ブランドだけでなく最初から前方に顔を向けていたイライザにも気付いていなかったらしい。
ギークは悪党だがドジで間抜けである。
あまり本人の喜ばないイライザの二つ名まで口にしていた。
ギークの連れの2人は苛立ちを露わにする。
「この男が何をしたか知らないが、たまたま一緒に歩いていただけで足止めに巻き込まれるいわれはない。通らせてもらうぞ」
ブランドはそれを遮った。
「おい、ギーク。こちらの2人をどこに案内するつもりだった?」
「いやあ、本当にたまたま同じ方向に歩いていただけっすよ」
その返事に2人は押し通ろうとする。
「ほら、今の話を聞いただろう」
ブランドはそれを遮った。
「申し訳ないが、衛士団の詰め所まで同道願おうか?」
「くどい」
「いい加減にしろ」
2人が怒気を発する。
「従わぬなら職権により拘束する」
ブランドがあくまで立ち塞がるのを見て2人は剣を抜いた。
「面倒くせえ、やっちまえ」
ギークはこの期に及んでも弱腰である。
「ダンナたち、やめたほうが……」
「うるせえ、衛士だろうがたった1人だ」
喚いた男はイライザが何かをつぶやきながら護身用の短剣を構えているのを見てせせら笑った。
反対の手は男の見えない後ろに回されている。
光を帯びた指先が複雑な形を描いていた。
「そんな、ちっちゃなナイフで……、はあっ?」
台詞の最後は間抜けな声になる。
イライザの持つ短剣が炎をまとっていた。
しかも、刀身の何倍もの長さがある。
突きつけられた炎が男の顔に熱を吹き付けた。
口ほどにもなく男は剣を捨てて命乞いをする。
もう1人はブランドに斬りかかり、あっさりと躱された。
鞘ごと外した剣で首の後ろを強打され昏倒する。
その間、ギークは両手を上げて立ちつくしていた。
ブランドとイライザに気が付いた時点で無駄な抵抗は諦めている。
命乞いをした男がギークを睨みつけた。
「てめえ、何もしないで日和見しやがって」
「相手の実力を見誤ったあんた達が悪いんでしょーが。衛士のナンバー1とナンバー2を襲うなんて、正気じゃないっすよ。勝ち目があるわけないじゃないですか。あっしは長いものには巻かれる主義なんす。あんたたち、最低でも10年はくらいますからね」
「ギーク。衛士団の詰め所までひとっ走りして応援を呼んできなさい。そうしたら、あんたのケツにこれを突き刺すのは勘弁してあげるわ」
「了解っす。約束ですからね」
イライザの命令にギークはトールハイムに向かって走り出す。
剣を捨てた男は舌打ちをした。
「くそっ、あの野郎、ふざけやがって」
「ねえ、そんなことよりも自分の心配をした方がいいわよ。あなたは知っているかどうか知らないけど、トールハイムでは衛士団は町の人に信頼されているわ。その第1隊長に剣を向けたとなったら、下される刑は軽くないわよ。10年じゃ済まないんじゃないかしら。どうせロクでもないことを企んでギークを雇ったんでしょうけど、何をするつもりだったの?」
「自分の口から言うわけねえだろ」
イライザは凶悪な笑みを浮かべる。
「自棄を起こした犯人が捨て身で向かってきたのでやむを得ず防戦しました。つい魔法が強すぎてこんがり焼いちゃいました。そういうシナリオでもいいのよ」
男は近づく炎から精一杯離れようとした。
「脅したって無駄だ。俺はしゃべらねえからな」
「あら。意外と骨があるのね。まあ、いいわ。どうせ、ギークが全部しゃべっちゃうんだから」
トールハイムに戻るとギークを尋問する。
イライザの予言通り、ギークは洗いざらい白状した。
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