第17話 思い出

 イライザはブランドを独占していることに幸せを覚えながらケブス村への道を歩く。

 先ほどはサリーに対してドラマタのようにシャーッと声を発したい気分であったことは既に忘れていた。

 なんの変哲もない道だが、すべてが輝いているように感じ、道端にある名も知らぬ小さな花すらも美しく見える。

 横を歩くブランドも同じように感じていたらいいのだけどと視線を送った。

 イライザが想いを寄せる男はいつもと変わらぬ様子で歩みを進めている。


 時折、ドラマタが何か興味を引かれるものを見つけるとピョンとブランドの肩から飛び降りてそれを追いかけた。

 その度にブランドは足を止めて待ってやる。

 イライザも穏やかな顔で待っていた。

 急ぎの仕事の途中ならいざ知らず、2人きりの時間が長くなるだけなので文句があろうはずもない。


 ブランドは蝶を追いかけるドラマタの足下に生える黄色い小さい花に目を留める。

「あの花は子供の頃にイライザが冠を作ってくれた花じゃないか?」

「え?」

 普段はそういう方面の話題が出ることのない男からそんな言葉が出てきたことに驚いた。

 もちろん、イライザが気付いていないわけはない。

 覚えているか聞いて忘れられていたらショックなので触れないでいただけだった。


「イライザと知り合って3年ぐらいしたときだったかな。孤児院に訪ねていったら俺にプレゼントしてくれたよな?」

「そんなこともあったわね」

 正確には3年と11日よ。

 本当は知り合って3周年の記念日に渡したかったのだがブランドの孤児院への訪問タイミングが合わずその日になっている。

 ブランドへの気持ちを自覚したイライザが何かプレゼントしたいと真剣に悩んで作ったものだった。

 私物すら満足に持っていない孤児院育ちの女の子にできる精一杯の品である。


 タイミングがずれたためにすっかり萎れてしまった冠を渡されたブランドは困った顔をした。

 こんなものしか渡せない自分が情けなくなって幼い日のイライザは下を向く。

 涙がこぼれそうなイライザの頭にポンと手が乗った。

 手のひらの暖かさが伝わってくる。

「衛士はね。人からものをもらっちゃいけない。そういう決まりなんだ。でも、これは断れないな。ありがとう」


 顔を上げたイライザにブランドは笑いかけた。

「でもね。決まりは決まりだから。気持ちは嬉しいけど、今後はこういうのはダメだよ」

 十数年の時を経て大人になり、ブランドが袖の下を受け取らないということはイライザも良く知っている。

 幼い子供の行動が若く生真面目な青年を困惑させたことが想像できた。


 イライザの胸の内に色々な思いが去来する。

 あのときは無力な子供だったが、今は違う。

 ブランドを助けることもできるし同僚だから常識の範囲内でプレゼントも可能だ。

 手にしたバスケットの持ち手をぐっと握りしめる。


 ドラマタはどこかにいなくなるということもなく、しばらくするとブランドのもとに戻ってきた。

 ブランドが屈むと、さも当然というように腕を伝って肩に乗る。

 ケブス村が近くなるとブランドはキョロキョロと何かを探し始めた。

 イライザは訝しむ。


「どうしたの、ブランド。私にはモンスターの気配は感じられないけれど。何か気になることでもある?」

「ああ、ドラマタの親が居ないかと思ってな。急に子供の行方が分からなくなったら親猫も心配するだろう」

「そう。なんか、ドラマタはすっかりブランドに懐いちゃって、あなたのことを親だと思ってそうな感じに見えるわ」

「そうか。まあ、ドラマタがそうならそれでもいいんだが……。親猫は親猫の思いがあるだろうと思うと気になるんだ」


 結局それらしい猫を見かけることなく、2人と1匹は村に到着した。

 捕まった男ジャクソンの家を訪ねると隣の家から声がかかる。

「ブランド様。今日はどうされたんですか?」

「勾留が長引きそうなんで、あの子の様子を見にきたんだ」

「そうですか。それはわざわざご苦労様です。それでジャクソンはどうなりますの?」

「それは分からんのです。では、何かあればあの子のことをよろしく頼みます」

 ブランドは適当なところで会話を切り上げた。


 目的の家に訪ねてみるとジャクソンの娘であるエーラは意外と元気にしている。

 気遣うブランドに笑みを見せた。

「お母さんが病気で亡くなってから、お父さんはすっかり怠け者になっちゃって。畑仕事もしないから、最近は周囲の人もあまりいい顔をしなくて……」

 段々と俯いていた少女は顔を上げる。


「でも、ブランド隊長が言ってくれたから、ここ数日は余り物が貰えてます」

 そこまで聞くとイライザは我慢できなくなって口を挟んだ。

「あのさ。今日ここに来るのにお昼を用意してきたんだけど、頼みすぎちゃったからたくさんあるのよね。一緒に食べよ」

 返事を待たずにバスケットの中身を次々と取り出す。

 たちまちのうちにテーブルの上は料理で一杯になった。


 取り立てて豪華というわけではない。

「家の近くのお店に適当に詰めるように頼んだものなの」

 イライザはそのように説明する。

 ただ、第1隊のノーランあたりがその場にいれば、隊長の好物ばかりじゃないですかと言ったはずだ。


 最初は遠慮していたエーラも重ねて勧められると料理に手を伸ばす。

 食べ始めると止まらなかった。

 美味しそうに食べていたエーラの瞳からつうと涙がこぼれる。

「あれ? おかしいな。私どうしたんだろう?」

 すばやく移動したイライザはエーラの頭を胸に抱きかかえた。

 ブランドは取り出したハンカチをイライザに渡す。

 それから、背を向けて床の上で餌を食べているドラマタの相手を始めた。


 食事を終えると村長に改めてエーラのことを頼んでから、ブランドたちはケブス村を後にする。

 その道すがらブランドはイライザに謝意を伝えた。

「しっかりした感じの子だったが、まさかあんなふうになるとはな。イライザが居てくれて本当に助かったよ」

「私がいなかったら、それはそれでブランドがなんとかしたでしょ」


「あんなに素早くは動けなかっただろう。まるで予期していたようだった」

「まあ、私も昔は女の子だったからね」

「いや、俺はだめだな。涙に動揺してしまった。まだまだ修行が足りない。しかし、良かったのか。その服」

 ブランドはイライザの服に残る涙などの染みのことを気にかける。

「洗えば平気よ」

 イライザはニコリと笑みを返した。

 

 ある意味では朴念仁のブランドに服の汚れのことを気にかけてもらえただけで嬉しい。

「ブランド。私はいいけど、そんなに胸を見たら誤解されるわよ」

 ついからかいの言葉が出る。

「あ、すまない。この間も同じようなことを注意されたな。気を付けるよ」

 ブランドは慌てて詫びを言った。

 それに引き続いて無邪気で素直な感想を述べる。

「しかし、イライザは凄い。いいお母さんになるな」

「え?」

 この意図せぬ反撃にイライザはひどく狼狽するのだった。

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