第15話 篁、冥府特別隊の隊長になる。
「────なるほどな」
冥府の宮殿で母魔犬サラマーから報告を聞いたエンマ・ラジャは、目を伏せてうなずいた後、しばし沈黙した。
「その尼僧からは、少々どころではない
エンマの言葉を聞いても、篁は驚かなかった。
それでも篁は、心のどこかでそれを否定していた。白蓮が魔物だと認めたくなかった。彼女が人だと信じたかった。
「篁。そなた、人を斬る覚悟はあるか?」
「へ?」
篁が顔を上げたとき、エンマがスッと宙に手を伸ばした。
その手の中に一振りの剣が現れる。青白い刀身の美しい剣だ。
「魔剣〈
「俺に、あの女を斬れと言うのか?」
「この冥府は、本来であれば生者に干渉は出来ぬ。だが、魔物が絡んでいる以上このまま見過ごすこともできぬ。そなたは人の子だ。そなたなら人界の者に干渉できる。
あの尼僧を
ハッ、と篁は目を
伊予皇子は、篁に対して一度も言葉を発しなかった。けれど、彼の微笑む顔は何度か目にした。
初めは侮られているのだと思ったが、上皇を助けようと篁が彼に斬りつけようとしたとき、彼はどこかホッとしたような笑みを浮かべたのだ。
「やる気があるならこの剣を授けよう。そなたなら、無害な魔物まで狩ることはなかろう?」
エンマはその秀麗な顔に笑みを浮かべた。
余りの珍事に小鬼どもが驚き、「おおっ!」「エンマ様が笑ろうていらっしゃる!」とざわざわし始める。
「何だ、不服か? どうせ仕事もしていないすねかじりの身であろう?」
「いやまぁ、そうだけどさ」
篁はポリポリと頬を引っ掻く。
「何もそなた一人に押しつける気はない。魔犬族をつけてやるし、そなたを冥府特別隊の晴れある初代隊長に任命してやる」
「冥府……特別隊?」
「そうだ。謹んで拝命しろ! すぐさま尼僧を斬って来い!」
エンマの目がキラリと光る。
「わ、わかったよ!」
エンマの命により、篁は再び竹林の庵へ向かった。
文句を言うおかっぱ姉弟の首を母サラマーが引っ張り、篁はシロタと一緒に空を駆けた。
竹林に入るなり、赤く目を光らせた
魔剣〈羅刹〉に貫かれた白蓮は、すぐに
彼女は
白蓮の亡骸を抱いた伊予皇子は満足そうな笑みを浮かべた。
その姿はだんだんと霞んでゆき、やがて青白い魂となると、身体から抜け出た白蓮の魂と共に竹林の中へ漂い始める。
「おい! 誰でも良い! あの二人の魂を冥界まで連れて行ってやってくれ!」
篁がそう叫ぶと、三頭の魔犬が飛び出した。
しとしとと降り出した霧雨が辺りを青白く霞ませる中、篁とシロタは、不幸な運命に苦しめられた二つの魂を静かに見送った。
〇 〇
「壱子!」
「タカちゃん! 良かった。もう来てくれないかと……」
三日目となるその夜遅く、篁は壱子の元へと駆けつけた。
「そんな訳ない。俺、ずっと壱子の顔が見たかったんだ」
御簾で囲まれた寝所に入るなり、篁は壱子を抱きしめた。
ただ、昼も夜も張りつめていた神経が、彼女を抱きしめた途端に緩んでしまったのだろう。疲れが一気に押寄せてきた。
篁は必死に抵抗したが、強い睡魔には
一度も目覚めることなく朝を迎えた篁は、寝ぼけ
隣に並んだ壱子がプクッと餅のように頬を膨らませて、篁の膝をキューッとつねったが、もちろん文句など言えなかった。
────後の小野篁は文才に優れ、東宮学士や遣唐使(流罪にされたりもしたが)、刑部省輔、蔵人頭などを歴任したことから文官のイメージが強い。
しかしながら、陸奥の山々で大猪を狩り、弓や馬を操って遊んでいた若き日の偉丈夫は、実は冥府の王に命じられ、影ながら京の都を守る武官でもあったという。
その最初のお話────。
おわり
──────────────────────────────────────※拙い物語を最後まで読んで下さってありがとうございました!
(藤原薬子の娘については、名前もその後の消息もわかっていません。彼女の魂が安らかでありますように。合掌)
冥界渡り【小野篁異伝】 滝野れお @reo-takino
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