第14話 篁、世の無常を知る。
「藤原……薬子の娘……」
今の上皇────
知っているのは、幼い娘を支えるために皇太子の宮「春宮」の女房となった薬子が、安殿の寵愛を得てしまったことだけだ。
その後の政変の折にも、娘の名前は人の口に登らなかった。
「ふっ……そなたも
篁は返す言葉もなく、ただ白蓮を見つめた。
今にも折れてしまいそうな手を口元に寄せて微笑む彼女は、痛々しかった。
「……ずっと、孤独であった。誰もが妾を避け、笑みを浮かべながら陰口を叩いた。
そんな妾に唯一優しい言葉をかけてくれたのは、
なのに、妾が初めて恋した伊予様を、帝となった安殿は追い詰め、殺した!
あの時の妾の気持ちがわかるか? 初めて好いた大切なお方を殺された妾の気持ちが、そなたにわかるか!」
「知っているか? 安殿は皇太子となる前、すでに皇太子であった
異母兄弟の伊予様を恐れ、自分が排除される前に伊予様を陥れた。
安殿にすり寄っていた我が伯父、藤原仲成は、北家で一番力の無い若造を使って謀反を捏造した。そこにいる宗成がそうじゃ。この者は伯父上にそそのかされて使われた挙句、今では参内する事も叶わぬ身となった。妾と同じ、上皇の被害者じゃ。
のう、そうであろう、宗成?」
「は、はい! その通りでございます白蓮様!」
「政変後も、名ばかりの出家をしてのうのうと暮らしている上皇が憎かった。だから、尼僧となった妾は祈った。上皇を呪い殺すことが出来れば魔物でも良い。来る日も来る日も祈り続けた。そうしたら、ほれ、このような魔物が妾に力を貸してくれるようになった」
白蓮の周りには、いつの間にか
空気が暗く淀み、闇色になった庵の中には、伊予皇子らしき黒装束の男の姿もあった。やはり、篁の剣ごときで倒せたわけではなかったのだ。
「妾を殺したければ殺すが良い。だが、死した妾は恐ろしいぞ。怨霊となってこの世を呪うだろう。それでも良ければ殺せ!」
白蓮の気迫に負けそうになりながら、篁は言い返す。
「俺は! べつに、あんたが恨みを晴らしたいなら晴らせばいいと思う。でもそれは、関係ない人たちの魂を狩ったりしなければの話だ! あんたらは、なぜ
篁の言葉に、白蓮はうっそりと微笑む。
「人を呪うには力が必要じゃ。人の魂はその為の贄じゃ。昨夜はそなたらのせいで邪魔されたが、愛しい魔魅たちは妾の為に魂を狩って来てくれるだろう。さぁ、どうする? 妾を殺すか? それとも力を貸すか?」
「くっ」
篁が聞きたかった答えは、一枚も二枚も上手な白蓮にはぐらかされていた。
選ぶ事など出来ない二つの選択肢を前に口を噤んでいると、背後の竹林から圧倒的な存在感を撒き散らしながら魔犬母子が姿を現した。
「この件はいったん持ち帰る。それでよろしいか?」
農民娘姿のサラマーがぐいっと前へ出ると、白蓮はふっと笑ってうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます