第4話 清姫は純愛を知りました

 早朝、日高川で冷やされた風が清姫の肌にふれて、秋を知らせた。

 いつもは手軽にむすんだ蝶々結びで出かけているが、今日は小紋の着物に名古屋帯をふくらすずめで結ぶ。


 高校の文化祭なんて、何時いつ以来かしら…。


「あなたが高校生の指導とは…、何か心境の変化でもありましたか?」


 背後からの声に清姫は悪戯っぽく笑った。


 きっと…、紀州をはなれようとしている事に気付いているのね。


「あなたは、出会った時のまま変わらないです」


 変わらない…。この姿でどれほどの年月を過ごしたか…。


「…住職じゅうしょくサマ、私、学生さんに告白されたんですよ」 


「…それは」


 清姫は、自分の言葉の可笑しさにクスリと笑った。


「彼らには、私が普通の女に見えるみたいです」


「…あなたは美しいですよ。恋は…、嵐と同じです。傘をさしても、長靴を履いても役にたたない。でも、その先に必ず晴天が来る。その場にとどまるも、その先に進むも、同じ勇気が必要なんです」


「…私の勇気は、足りないですか?」


「あなたの悲観しない生き方は、尊敬に価しますよ」


 穏やかに笑う住職に、清姫は精一杯の感謝を込めて頭を下げた。



 

 一般に知れ渡る『安珍と清姫』は、江戸時代に定着した。それ以前は、法華経の高僧が二人を除霊して救ったとか…、大蛇になった清姫が川に身を投げ、神に許されたとか…、日高川のぬしになったとか、とにかく色々だ。

 

 須崎達の『安珍と清姫』は、クライマックスが見事だった。


 大蛇だいじゃになった清姫を、六人がかりで張りぼてを動かし、観客を日高川に見立てて飛び込む! 

 ドーン! 観客の間をのたまい、動き回る大蛇は、力業で迫力満点。


『千年以上、清姫は大蛇の姿で生き、神の使いとなりました。そうして紀州の地を守り続けているのです』


 松島のナレーションが入り、観客からワッと拍手が沸き起こった。口々に「良かったぞー」「イイぞ♡神やん!」と、歓声が響く。


 暗転していた照明が、明るく照らされるはずと思っていると…、スポットライトが一点を照らした。

 光の中で、清姫が戸惑っている姿が浮かぶ。


 松島のナレーションが続いた。


『時は、現代、生まれ変わった清姫は、美しい娘となり、沢山の男から求婚されて、この紀州で幸せに暮らしました』


「「俺達の花束、受け取って下さい!」」


 ―――――っ!


 これは、完全なサプライズ。「清姫様を舞台にあげよう」と、言い出したのは、松島だった。


「さすが、戦略家やねぇ」


 神谷の嫌みに、松島は演目の成功が使命と胸をはる。そして、誰が清姫に花束を渡すか? やっぱり主役二人が良いだろうと、男に戻った神谷と須崎に決まった。


「まあ俺、他の誰かになんてやらせへんけど!」


「当然だな!」


 須崎の強気に、目を見開いた神谷だったが、すぐに右手をあげる。間髪入れずに、パン!! 力の入ったハイタッチが響いた。



 目元を潤ませ、高揚した清姫は舞台の上で妖艶な舞いを披露した。

 …こうして、高校最後の文化祭は大成功で幕をとじた。


「清姫はん、驚いた?」


「…ええ。本当に」


「最後の舞、綺麗だった。俺も、あなたが好きです」


 告白した須崎が、赤い顔を腕で隠し天を仰ぐ。


「青少年の純愛、軽くとらんといて!」


「私は…、年上ですから」


「そんなの、たいした事あらへん」


「…真実しんじつは、演目のストーリーに似ているけど、ほんの少しだけ違うんですよ?」


 清姫は今までで一番綺麗に笑った。


 千年以上生きた清姫は、確かに天に召された。なのになぜ、生まれ変わる必要があったのだろう?

 変わる事のない娘姿…。


 それでも…、この姿も、まいうのも嫌いじゃないわ。お花と、告白のお礼をしなくちゃ。青少年が嬉しいお礼って…、これで良かったかしら?


 清姫は、二人の横で背伸びをする。背の高い須崎へは、腕を引く事ですんなりと頬に届いた。二人の顔を見る限り…、喜んでもらえた…よね?

 

 校庭の花壇に咲く満開のコスモスが揺れる。


 もう少し、この地にとどまってみようかな。



                おわり




 


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清姫様はフェロモンだだ漏れで困ります 高峠美那 @98seimei

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