第3話 フェロモンチャージお願いします

「清姫はん、来たでー!!」


 六時限目。授業中にも関わらず、神谷が窓から乗り出して叫んだ。クラス中の生徒が窓枠に飛びつく。

 神谷の大声に、眩しそうに見上げた彼女は恥じらいながらも、片手をあげてこたえた。


「今日の清姫はんも、めっちゃええ!」


 ちなみに彼女が「皆さんのイメージがあるので、呼び方は好きなように呼んでくだされば…」と、言うのでそのまま清姫と呼んでいる。最近は、キヨちゃん…とか、姫ちゃん…とか呼ぶ者も出て来て、そのたびにイラつく須崎は、彼女への思いを自覚していた。


 文化祭を来週に控え、神谷はすっかりサマになった演技をしていた。


「神谷がいい女に見えるなんて…、清姫様の力は偉大です」


 委員長 松島のねぎらいに、彼女は花が咲くように笑う。


「皆さんが頑張っているから、素敵なお芝居になるんですよ」


 彼女のアドバイスは、手の使い方や、女らしく見える仕草。


「神谷さんは、安珍を好きな人と重ねて演技すると、可愛らしい表情ができるかもしれませんね」 


 姉のように優しく諭す清姫に、神谷はふ〜ん…と、意味ありげに笑う。


「俺の好きな人、清姫はんやけど?」


「「かっ! 神谷!」」


 いきなりの告白―――!

 須崎と、松島のあせりなど、どこ吹く風。


「あの。…え〜と」


 神谷の遠慮のない流し目に、頬を赤らめながらも、何か言おうとする彼女は純粋無垢の少女のよう。


 …こんなかわいい顔、反則だよなぁ。


 須崎はたまらず視線を絡ませる二人の間に割って入った。


「文化祭! えっと、清姫は文化祭当日、来てくれるんですかっ?」


「あっ。はい。もちろん…」


「じゃあ、俺、案内し…」 

「須崎〜! 抜け駆け、なしやで!」 


 …おまえに言われたくない!


「清姫様。が、当日は案内しますよ」


「え―! 松島ぁ。も来るの?」


「もちろん! 俺はクラス委員長だし」


「委員長サマは、忙しいんやない?」


「ふふ。文化祭楽しみです」


 はにかんで笑う清姫に、ドキリと須崎の心臓がうった。


 これ…、恋だよなぁ。恋って、厄介だと思う。他の男に取られたくないとか…、触れてほしくないとか…、抱きしめたいとか…。この人、なんでこんなにムダにエロい?


「俺、清姫はんの事本気やから、黙ってるの無理やけ、好きってそうゆうもんやろ?」


 そう。神谷が正しい。好き…から独占欲が噴水みたいに溢れて、流れ着く先にいるのが清姫。無理に溢れる水を止めれば…、決壊し爆ぜる。こんな思い他に知らない。


 青少年達の熱い純愛に、気づかない清姫はクラスの女子達に囲まれていた。女子トークってやつだ。


「歌舞伎の役者さんが『娘道成寺』を演じるからと、浄化の舞を見に来た事があるので、お芝居のアドバイスは何度かしたことがあるんです」


「凄〜い! 海老蔵にも会った事ある?」


 女子達の目がランランと輝く。


「ええ。他にも玉三郎さんとか、染五郎さんとか…」


「「キャ―――!」」


「ねぇ。でも清姫って、かわいそうだよね」


「わかる〜。だって男に騙されたんでしょう? 乙女心を傷つけて、最低よね!」


「私が清姫だったら、やっぱり許せないから安珍、殺しちゃうかもー」


「………」


 女子の視線を浴びた男共が、引きつった笑いをする。


「キヨちゃーん! フェロモンチャージ、頼みまぁーす」


 女子トークの冷えた空気を変えようと、誰かが声をあげた。

 フェロモンチャージ、これは神谷に女らしさをイメージする為、清姫が扇子で踊って見せたのが始まりで、すっかりクラスの男子のエナジー補給となっていた。


 清姫は、柔らかく微笑むと、胸元から扇子を取り出し、皆の前で踊りだした。



 


 

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