第2話 清姫は色っぽく?

 十月に入ったというのに、秋を感じさせない風が、全開にした四階の窓から教室へ吹き抜けていた。


 須崎達は高校最後の文化祭を成功させようと、練習の真っ只中。クラスの出し物は『安珍と清姫』の劇。地元の昔話の為、毎年必ずどこかのクラスが題材にしている人気演目を、クラス委員長 松島が委員会で勝ち取って来た時はクラス全員ガッツポーズしたほどだった。


「清姫。熊野詣くまのもうでの帰りに必ずや、お迎えに参ります」


 安珍役の須崎が、清姫の手を優しくとった。清姫は微かに震えている…が、これは、泣いているとは違う。


「あぁ、安珍どの、あなた様のおか…、お帰りを、おぉ…待ちして…まするぅぅぅ」


「ストップ!! ――ぁ。そこは、もうちょっと色っぽく! もっと安珍を誘惑してくれなくちゃ」


 映画監督なみにカットをかけたのは松島だ。

 

「んな事、言ったって! コイツ相手やで? だいたい男の俺が何で女役やの?! ウチの学校男子校ちゃうやろ?!」


 清姫役の神谷が到底姫らしくない仕草であぐらをかいた。ちなみに、コイツと呼ばれた安珍役の須崎すざきも、好きで男の手を握っているわけではない。


「おまえが悪いんだろ。あきらめろ」


 …こんな口の悪い清姫はいないと思うが、理由は昨年の文化祭。クラスの出し物でメイド喫茶をやった時、神谷がメイド姿(女装?)で接待したのがかなりの盛況で、神やん可愛い〜♡…と、今でも男女共にファンが語り継いでいるため、クラスの女子共が神谷の清姫役を熱烈に支持した。

 結果、神谷の芝居がヘタだと発覚した時には全員の配役が決まっていたのだ。


「須崎は男役だからええやん? まあ、モテる須崎が清姫をすてる薄情な坊主役やけどなあ〜?!」


「いいわけない。大蛇に追いかけられて、鐘の中で燃やされ灰になる役だぞ?」


「女になびかん須崎には、似合いやわー」


 須崎は、別に女になびかないわけではない。ただ好きでもないと、付き合っても気持ちが踊らない…、あの夜みたいに。

 

「なあ、委員長サマ。そんなダメ出し言うなら、おまえやってみぃ? ええか? 色っぽくやで?」


 腹いせとばかりに、くふっ…と、すでに笑う準備の神谷がふざけて松島にふった。


「いいぞ。良く見とけっ」


 急なフリにも、松島はしなり…と須崎…、いや安珍の胸に手をあて眉を寄せる。上目遣いに熱っぽく安珍すざき?を見つめた。


「…あなた様と離れる数日間、悲しくて…苦しくて…。あぁ。安珍どの。どうか、必ず迎えに来てくださいませ…っ」


「「……なりきりすぎててキモい」」 


 本来の主役が、息のあった遠い目を向けた。


 ガラリ…と、教室の扉が開くと体育会系お嫁さん募集中の担任が入って来た。


「どうだ、やってるか?」


「主役以外は、頑張ってます!」


 松島の返答に、主役二人は納得がいかない。 

 

「俺はちゃんとやってますよ。神谷がヘタなだけで」


「俺だってちゃんとやってるんよ! みんなの求める清姫が、めっちゃハードル高すぎなん! 夏祭りの清姫様がエロいからってー、俺は男やから無理やねん!」 


「おまえに、あの清姫様のフェロモンを求めてない」


 清姫のしなやかな身体のライン。細腰ほそごしに巻かれた美しいが、夜風でふわりと弧を描いて舞う姿を思い出す。

 …アレを神谷に求めるほうが無理だって!

 

「いいや! 委員長は、求めてる!!」

 

「じゃあ、清姫様のエロい部分を少しは真似しろ。せっかく客が集まる劇をやるんだ。笑い取りたいだけなら…、今からでも演目かえるぞ」


 松島の言葉に、神谷がニンマリと意地悪く笑う。


「ええけど〜ぉ?」


「……うそ。スイマセン。神谷、その顔、清姫やってる時にして。…今更演目かえれないよ。小道具係は気合い入れて大蛇つくってるし」


「まあ、まあ。おまえ達、悩める青少年の為に、先生が一肌脱ぎました! な〜んと、ある人が特別指導に来てくれてます!」 


「特別指導?」


 柔らかな動作で教室に入って来たのは、和服姿が良く似合う美人…。


「え? うわ――――?!」  

「清姫様――ぁ?!」


 巫女装束でなくても夏祭りで『浄化の舞』を踊っていた清姫とわかる。


「文化祭まで、何度かアドバイスに来て下さる。失礼のないように!」


「「やったあぁ――!」」


 学校中に響く大絶叫をした神谷達は、後日、校長先生のティーカップを割った責任で、一週間、トイレ掃除をさせられたのだった。







 





 

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