最終話 僕の未来
佐原教授の話が終わって明美が近寄ってきた。
「今の話どう思う?」
「うん、聞いてたら自分の子供の頃のこと思い出した。」
懐かしそうに話す正樹のことを興味深く見つめ
「へぇ、何を思い出したの?」
「画家になろうと思ったきっかけとゴッホのひまわり。そしてあの画廊に模写の絵を渡してたのを思い出して画家人生が終わったと思った自分。」
「うわぁ、模写なんて描いて他人に渡しちゃったの?」
それは危なすぎると明美は驚いた。
「うん。でもすっきりした。僕の絵は贋作として売り物にならなかったらしいんだけど、僕は絵が大好きなんだってことに気づいた。」
正樹は晴ればれとした顔をしていた。
「ほう、心境の変化ですね。巨匠。」
敬礼する明美。
「何からかってるんだよ!売れない画家代表の柏正樹はこれから気合をいれるんだよ!」
鉛筆を指で器用にくるくる回しながら明美は聞いていた。
「それに今回の事件で絵を描かないで生きていく人生と、絵が売れないけど絵を描いて死ねる人生どっちがいいか?と言われたら僕は絵が売れないけど絵を描いて死ねる人生の方がいいと今回の事件で思ったんだ。絵を描かない人生は死んでいるのと変わらない。僕は絵以外のことは何もしてこなかったしね。絵の題材を考えたり構図を考えたりするのは苦手だけど試行錯誤するのは楽しいと思うんだ。だからこそ、これから一生懸命頑張りたい。」
「なるほどねー。私のライバル出現ね!」
「おうよ!明美も超えてみせるからな!」
「なによ。やれるものならやってみなさいよ!」
「負けないからな!」
2人で笑いあって気が楽になった正樹だった。
◇
4限目はデッサンの授業だった。
正樹は佐原教授の講義を思い出しながら自由に線を描いた。
この線は生きていない。この線はいまいち。でも組み合わせでうまく生き返った線もあった。一本一本の線を見て細かく確認してみた。
どうしたらこの作品はよくなるんだろうか?
自分の絵と分かってもらえるためにはどうしたらいいんだろうか?ゆっくり考えてたまに一歩ひいて全体を観察したりもした。流れやうねり。
どうしたらそういうものを感じることができるのか?流れやうねりが生まれたら自分の絵がどう変化するのか?
正樹は久しぶりに絵を描くことに集中することができた。
心地良い緊張感があった。時間をかけて考え工夫し意図をもって一気に線を引く。 その気合は線に勢いを与えた。
丁寧に描く線もあれば短い線もありあまり目立たないように描く線もあった。そうやってバランスを考えた結果、勢いのある線が増えるとそこには流れが生じてきた。
その流れを意識してさらに流れと流れをつなげていくとそこにはうねりが生まれ、できあがった絵には躍動感が溢れていた。
佐原教授の言いたかったことはこういうことだったのかと分かってきた気がした。
湧き上がってくる喜びをかみしめた。絵を描く喜びを思い出した。初めて満足のいく作品が描けた。正樹はこの感覚を忘れないようにしようと思った。
「あれ、正樹このデッサンの描き方変えた?」
と明美が質問してきた。
「うん、佐原教授の言ったことを考えて描いてたらいい感じに描けたんだ。」
「お~、すごいね。私もこの絵すごくいいと思う。」
「ありがとう。」
褒められたのなんていつ以来だろうかと照れてしまう。そして絵に対する想いがあふれる。
「キャンパスの中はみんなが作れるそれぞれの答えなんだと思う。」
「ん、どういうこと?」
正樹は息を弾ませこう言った。
「作者が好きな題材を使って自由に世界を作る。連続する世界から切り取った一瞬の絵もあればさまざまな現実の世界から作者が良いと思ったものや想像するものを描いたもの。絵を見た人たちと時を超えて時間を共有することができる。それが絵の素晴らしいところですべての始まりだと思うんだ。」
「なるほどね。うまいこといったとおもってるんでしょー。でも突き詰めるとそういうことなのかもね、芸術って。」
とにこにこと明美は微笑んでいた。
「うん、芸術家は何を伝えたいか考えて最も伝えたいことが浮き上がるように工夫をこらして絵を描くんだと思う。そして未来の人々に絵をとおして語りかけ続けることができるのが絵なんだと思う。でもできあがった絵を見るのに難しい表現も哲学も理屈も説明すらも本当はいらないのかもしれない。作品を見たときに感じたものがそのまま作品に対する評価なんだと僕は思う。」
そうね、と明美は頷く。
「ゴッホはゴッホの世界を作り。ピカソはピカソの世界を作った。だから僕は僕だけの世界を作っていこうと思うんだ。色々な題材を選んで自分の創作の幅を広げていくことも大事だし自分の好きなものを追及するのも大事なんじゃないかってね。」
これから画家になるためにはやらないといけないことはたくさんある。それをこなしていき色んな事ができるようになりたいと正樹は思った。
日差しはいよいよ強くなり本格的な夏本番を迎えようとしていた。正樹が子供の頃両親と美術館に行った日も暑かった。
今日もそれに負けないくらい暑い。
「父さん、母さん、僕、画家になる!」と子供の頃の自分の言葉を思い出す。
諦めそうになったときもあるけど正樹はもう一度この言葉を繰り返す。
「僕は必ず画家になる。」
静かだが決意をこめた言葉だった。嘘も偽りもなく純粋な想いだった。
「うん、一緒にがんばろう。」
明美もうなずいてくれた。
この想いを原点に正樹はいつもの日常へ歩き出す。自信を取り戻し迷いを断ち切った心に応えるかのように雲一つない青空。
ひまわりも太陽に向かってひたすらに咲き誇っていた。
終
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
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僕の夢と見えない未来。全てを失うあいつの贋作、最後に嗤うは宿る闇。 冴木さとし@低浮上 @satoshi2022
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