第17話 芸術家と未来と
佐原教授はさらに熱ぽっく話す。
「だからこそ未来ある君たちには自分の個性をどうか大事にしてほしい。誰が見ても自分の絵であると判断できる作品をつくることこそが芸術家としての使命だと思う。絵を描いて生活していける原点だと思う。」
賛否両論あるだろうということは佐原教授も自覚していた。
万人が納得する答えはきっと見つからないだろう。
しかし個性がないと誰が描いたか分からないということになり、それは画家としてのスタートラインにすら立てていないと佐原教授は思うのだ。
「現代で絵を描いて売れなかろうが関係ない。売れる絵が描けたとしても誰かの絵に似ている。すなわち師の絵に似ているなら後世に名が残る可能性は少ない。きっと○○先生のお弟子さんという評価が残るだろう。現在売れてなくても自分の個性が全面に表れている作品。そういう作品ができてこそ後世に名を残すことができる可能性につながる。そんな後世に名を残すような作品を作る芸術家に育って欲しいと私は思うのであります。」
多少オーバーに身振り手振りをしつつ教授は続ける。
それでも首をかしげ納得いかなそうな学生の姿も見える。だが納得がいかなければ自分の思うとおりにするのもいいと教授は思っていた。
自分が考えたことを納得するまですることも重要だと思うからだ。
「ゴッホの絵は荒々しいタッチを基本とし貪欲な個性をもっている。それらが後世で認められ巨匠となった。絵を描いて生きていこうと志すならばピカソのように個性を持つのだという意思を持たないと。ゴッホのように批判されても自らの絵を描き続けないと。認められなくても自分の絵を残していかないと。その意気込みがないといけない。よくよく考えて欲しい。ゴッホが描いたと分かる絵、すなわちゴッホのだした答え。芸術家としての君たちの未来。私は君たちがだした答えが見たい。それが私から君たちへのエールであり私の想いだ。君たちは芸術家として何を残すのか?」
佐原教授にも迷いはある。自分の発言で若い可能性を失ってしまう可能性。また人生を閉ざしてしまう可能性。感性が強ければ強いほど超えられない壁を感じてしまうことを知っているからだ。
だが才能があるからこそ他人の才能に気づけるということもまた事実だ。
だからこそ気づいてほしいのだ。
「君たちは若い。あふれるほどの輝きを持っている。君たちの未来は可能性に満ちている。君たち自身には実感がないかもしれないが限りある時間をどうか大切にしてほしい。」
佐原教授は本当に羨ましそうにきらきら光る目でまぶしそうに学生たちを見つめ話しかけた。
「自分の個性があふれるような作品を描き続けていけばきっと支援してくれる人が現れる。画廊に嫌われ作品が売れなかろうが君たちの才能を素晴らしい作品を人々は決して見捨てない。人々は常に感動を求めているのだから。」
佐原教授は白いあご髭をさわりつつ目を細める。周りを見回し特になにか言いたそうにしている学生がいないことを確認し続ける。
「自分の才能を示すためには自分の絵だと分かる個性。これを育てていくしかないのだ。君たちが描いた本物の作品と贋作を並べた時、人々の魂を揺さぶりとらえて離さない。目を閉じれば思い浮かぶ、贋作など足元にも及ばないほどの輝きを放つ作品。遠くから見ても自分の絵だと分かる作品。これを作れるように努力しなさい。線を何も考えずにただ描くのではなく様々な線によって生まれる流れやうねり、それらが絵に与える影響を考えて描くのもいいでしょう。」
道を踏み外さずに芸術家として大成してくれるかどうか?人に認められなくても腐らず地道に努力を重ねていけるかどうか?心配は尽きない。
「芸術の世界で生きていこうと志すならば、しっかりと基礎を磨き強烈な個性をもつように頑張りなさい。誰が認めなくても自分が作品にぶつけた力。他人の作品にはなく自分の作品にあるテーマ、命題、想いそれを訴えかける描写力、それを訴えたのが自分自身であることを証明できる技術。君自身にしか作れない作品。それらを君たち自身の努力により培うのだ。そして自分の作ろうとしている作品、出来上がった作品を愛しなさい。君たちを芸術家としてきっと大きく育ててくれることでしょう。」
何度も言ってきたことも含まれている。もちろんそうではないことも。
できるだけ生徒の可能性、ひっかかりやすいところ盲点的なものをこれまで説明してきたつもりだった。
佐原教授は自分のいいたいことはちゃんと学生に届いているだろうか?と不安になるときもある。届いてなくても何度でも繰り返して伝えていく努力をしなくてはと思う。
忘れているなら誰かが注意すればいい。何年後かにふと思い出してくれたならそれでいいと思う。
だから佐原教授はその気持ちをそのまま率直に話した。
「美しいものを素直に美しいと感じる心を、人の悲しみが分かる心を、誰かの幸せを一緒に喜んであげられる心は誰もがみんな最初はもっているかけがえなのない宝物です。けれど……それをなくしたとしても全ての人が悪人かというとそういう訳でもない。守る存在を失ってしまった時、なくしてしまう人もいる。また逆も
優しくそして力強く励ますように佐原教授は語った。
話の終わりを計ったかように授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
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