最終話 化生神話の果てに

「古今東西、様々な信仰があるが、すべては人の心が元になっている」


 袴を着た金太郎こと神主――金朗かねろうは、座布団にあぐらをかいて、そう切り出した。


「たとえば、『祇園ぎおん信仰』は疫神えきしんを祀ることで疫病が鎮まってほしいという願い、『樹木信仰』は古木や巨木、奇形木への超自然的な象徴としての想い、仏教では信仰のことを『信心』と呼ぶくらいだ」


 座布団に正座していた私は窮屈になったので、足を崩した。


「心の有り様が信仰を形作るのであれば、信仰が生み出す超常現象もまた、心の有り様によって変化するのかもしれない」


 金朗はいかめしい表情を作りながらも、スカートからのぞく私の太ももを、ちらちらと盗み見ていた。


「……女子高生の太ももが気になる想いは、どういう信仰を形作るの?」


 そう言いながら、私は制服のスカートを少し持ち上げてみた。


「……年頃の娘が、そういうことをするもんじゃない」


 おほんっ、と金朗はひとつ咳払いをした。


「歳とって、スケベになった?」

「うるさい」


 気を静めるためか、金朗は冷たい麦茶を一口飲んだ。


「まあ、つまり、私が桜の神様から人間に化生したのも、私がそう願ったからって言いたいのね」

「そういうことだ」


 西暦一九五三年。金朗の戦友――伊藤孝の娘として、私は産まれた。


 産まれた当初は特に変わった様子もなく普通に育ったらしいが、物心がつくと、私は自分がおちよであるという自覚を持つことになった。

 おちよとしての記憶も持っており、金太郎――金朗への想いも持っていた。


 四歳の頃、父親を訪ねてきた金朗に、「金太郎、好き」と言った時の衝撃的な顔は今も忘れられない。

 もっとも、衝撃を受けたのは金朗だけではなく、父親もだったが……。


「まあ、孝の奥さんが妊娠中に桜の灰を飲んだことや、おちよの神通力を受けたからとか、他にも理由はあったかもしれんが、一番はそれだろう。菅原道真すがわらのみちざねだって、無実の罪を着せられて亡くなったことで怨霊化したが、祀られたことで神になっている。これも、本人と祀った人々の想いによるものだろう」


「ふうん。なら、私以外にも、私が生まれ変わることを望んだ誰かさんがいるかもしれないわね」

「……」


 金朗は黙秘を貫くようだ。


「それで、考えてくれた?」

「……いや、それは、その……」

「私ももう十八歳だから、とっくに結婚できるんだけど」


 今年の三月、私は高校を卒業する。今は一月なので、目と鼻の先だ。

 私は以前から、金朗に男女交際を迫っていたのだが、まだ子供だの、やれ年の差だのと、のらりくらりとかわされてきた。

 だからといって、金朗は他に交際相手がいるわけでも、見合いをするわけでもなく、今日まで独身を貫いている。


「そういえば、昔、好きな人がいるって言ってなかった?」

「……」


 だんまりである。


「仕方ない。新しい恋でも始めることにするわ」

「ま、待て」


 金朗は意を決したように立ち上がって、私の隣に座った。

 頭に白いものが混じるようになった、少し皺がある顔が真っ赤に染まっていて、かわいらしいと思った。


「……オレは、もう四十過ぎのおっさんだ。きっと結婚しても、お前より早く死ぬし、孝やオレの妹とか、周りもとやかく言ってくるだろう」

「それ、何度も聞いた」

「ああ……、だから、その、なんだ……。本当に、オレでいいんだな?」

「よくなかったら、四十過ぎのおっさんに告白なんてしないわ」


 金朗は苦笑して、ひとつ頷くと、真剣な顔で私の手を握った。


「一目惚れだった。結婚して欲しい」


 一足飛びのプロポーズに喜ぼうという思いよりも、その前の言葉に驚いた。


「ひ、一目惚れ?」

「…………だから、何度も桜の木に通ったし、供養のために手も貸したんだよ……」

「だ、だって、成仏させようとしてたじゃない」

「それがおちよにとって一番だと思ったからだ。告白したって、困るだけだと思ってたから、言わないと決めていたしな」


「……ってことは、二十年くらい、ずっと私のこと好きだったんだ……。私が言うのもなんだけど、あなたって一途ね」

「本当に、お前が言うな、だな」


 正にその通りだと思って、二人で笑い合った。

 笑い合った後、無言になり、どことなく気まずい雰囲気になった。

 それなのに、それが嫌ではなく、ただの気恥ずかしさに過ぎなくて、どちらともなく、唇をかさねた。


 今度は、すり抜けなかった。

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そして私は化生する 中今透 @tooru_nakaima

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