第5話 雪女に出来るなら、雪男でも出来る
……と思っていたのはどうやら作者だけのようで、実は雪雄も美濃吉もまんざらでもなかったようである。
美濃吉はいつも「今日こそは」と何らかの決意を固めて部屋のドアをノックしていたし、迎え入れる雪雄の方でも「最初こそあんなことを言ってしまったが、いまとなってはそうなったとしても悪い話ではない」と思っていた。そんな気持ちを隠しつつ部屋を訪ねる息子を、そしてそれを出迎える居候の雪男を、柱の陰からそっと見守る茂作である。どうして俺を誘ってくれないんだ、と寂しい気持ちもあったが、若い二人を邪魔することは出来ない。それが下町の人情ってぇやつである。ここは下町ではない。
ああここが都合の良いBLの世界だったなら美濃吉の酒の中に媚薬も仕込むし、雪雄の部屋のドアを改造して『S〇Xするまで出られない部屋』って看板を掲げるのに! そんなとんでもないことを考えながら、悔しさで手ぬぐいを握りしめる茂作であった。
「……なんかな、親父が俺とお前をどうにかしようとしているぞ」
「茂作さんが?」
そしてそんな親父の目論見は、あっさりと二人にバレていた。
「ま、まぁその何だ。ボケた老人の戯言ってことでな? それはもう全然流して良いやつだから、その――」
「僕は」
空の猪口を、たん、と置いて、雪雄が、ずい、と顔を近づける。
「僕としましては、その」
「戯言、じゃなくても」
「良いんですけど」
言葉を重ねる度に近付く美麗な
「だ、だけどお前、男が好きなわけではなかっただろ。そう言ってたよな?」
ギリギリ残る理性でそう返すと、雪雄は「言いましたけど」と口を尖らせる。
「でも、好きになった人がたまたま男だった、ってことも無きにしもあらず、とも言ったはずです」
「そりゃあ言ってたけどよぉ」
お前それを言っちゃったら、まるで俺のことが好きみたいじゃないか。
美濃吉はそう思った。
「美濃吉さんはどうお考えなのですか?」
「それは、お前、その」
少なくともここ数週間はそのつもりで部屋を訪ねていたというのに、いざ迫られると怖気づく美濃吉である。もごもごと口の中で言葉を転がして、視線を忙しなく泳がせるのみだ。
「でも、俺達は男同士だし、なぁ」
「いまはそういうの関係ないですよ」
「それに、お前は妖怪だし」
ですけど。
ですけども、なんですか。
妖怪は人間と恋に落ちたら駄目なんですか?
それアナタ、雪女に対しても言えます?
雪女は人間のお嫁さんになってるじゃないですか。物語によっては子どもだってこしらえてるでしょう! どうして雪女はオッケーで雪男は駄目なんですか! 雪女に出来るなら、雪男にも出来ますよ! それは雪男差別ですよ!
あの時山小屋の中で聞いた台詞だ。
一字一句同じじゃねぇか。
そう思って、美濃吉は、ふはっ、と吹き出した。笑ったら肩の力が抜けた。そうだよな、という気になったのである。雪女がオッケーなら、雪男でもオッケーだよな、と。それは同性同士であっても可の話なのか、という部分は一旦さておいて、だ。何せ二人とも酔っている。
それで――、
「いやいやいやいや! 何で俺が下なんだよ! おかしいだろ!」
「何でですか! どう考えてもこれは僕が上でしょうに!」
現在二人は、どちらが下、つまりは『受け』になるかで揉めている。
「だってお前、そんな綺麗な顔してたらそりゃ下だろ!」
「あっ、そういうこと言います? あのですね、こういうのに顔の綺麗さとか関係ないですから!」
「あるよ! あるに決まってんだろ! 絵的に俺じゃないだろどう考えても! お前華奢だし!」
「ハァ~? 華奢とか言います? 僕、こう見えても妖怪ですよ? 雪を降らしたり出来るんですからね?! 何なら手足を凍らせて動けなくして――っていうプレイも出来るんですから!」
「お前その顔でプレイとか言うのやめろよ!」
「どの顔で言ったって良いじゃないですか! 雪男差別です!」
「お前それ言いたいだけだろ!」
何やらぎゃあぎゃあと喚く声と、何をどうしているものかどったんばったんと騒がしい様子を部屋の外で伺っていた茂作は満足気に頷き、
「これ以上は野暮ってもんだ。あとは若い二人で、ってな」
なんかもうわかったようなことを呟いてその場を去った。
ちなみに雪雄は百歳。茂作よりも全然年上である。
結局、協議の結果、美濃吉が『下』ということで丸く収まり、妖怪パワーのなんやかんやで雪のように真っ白い子どもが生まれるのだが、それは別の話である。
やはり雪女に出来て雪男に出来ないことはないのであった。
雪山に現れる美妖怪が雪女とは限らない 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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