第2話 三人の少女との出会い

 ある日、世界樹が枯れ始めた。


 そこから世界は変わった。


 当たり前のように生きることができた世界、から死ぬことが当たり前の世界に有様を変えた。


 それから十年が経った頃、約八十億人いた人口は半分にまで減った。


 そんな中、日本のスラム街で暮らしていた俺が選ぶことができたのは。


――殺し屋


 それしかなかった。


 荒廃した世界を、政治的に利用しようとするやつやその反対者から高額な依頼を受けて殺す。


 それを十歳になったときから、もう七年やっている。


 これまで殺した人数は、二十を超えた頃から数えてなどいない。


 俺にはたった一つの力がある。


 世界樹の力ヴィータと、勝手に呼んでいる。


 この力を使うと、仕組みを知っていて、手のひらに入るものなら何でも一つだけ生成できた。


 そこで拳銃やナイフなどに変形させ、殺しの道具に使ったのだ。


 本当なら、世界に知れ渡っても良い能力のはず。


 しかし少なくても、まわりの人間やラジオではそんなものが使える人はいなかった。


 だからこそ、俺は暗躍できた。


 そう、十七になるその日までは。


 その日は俺の誕生日だった。


 だからなのか、気を抜いてしまった。


 首都圏にある会合中の、全員を殺害する大仕事。


 どんな依頼だろうと、俺の能力をもってしたら瞬殺だ。


 そう高をくくっていたからか、あるいは誕生日だからきっとうまくいくという考えが間違っていたのか。


 相手に拘束されてしまったのだ。


 失敗した。


 これから俺は殺されるのだろう。


 それは多くの人間を殺してきた俺への罰だ。


 抵抗くらいはしてみせるが、万事休したときは潔く死のう。


 そう思っていたのだが、なぜかすぐに殺されず、自身の力が使えない檻に閉じ込められた。


 と思ったら、空を飛んでいるようだった。


 なぜか外国に飛ばされるようだ。


 売り飛ばされたのか、と思ったがそれにしては扱いが丁寧だ。


 食事も飲み物もしっかり提供される。


 それは貧民街にいた頃は食べられなかった、豪華なものだった。


 最初は毒でも入っているのだろうと思ったのだが、匂いにつられてバクバクと食べた。


 しかし何時間経っても、毒は回ってこない。


 そうして何度も食事をした。


 幸せだった。


 そんな俺をよそに、地上に降り立ちどこかに連れて行かれているようだ。


 檻を覆っていた幕が取られる。


「これは……」


 目の前に広がったのは、世界樹だった。


 世界の根本を支えている世界樹。


 初めて見ることができた感動に、涙が溢れる。


「(俺は、この世界樹に生かされているのに何度罪を重ねたことか……)」


 いや生きていくために仕方がなかったのだ。


 そう思い直し、涙を拭う。


 世界樹というと、確かユーラシア大陸の真ん中あたりに大きくそびえ立っていたはずだ。


 現在地はその周辺といったところだろう。


 目の前に大きな建物がある。


 なにかの研究施設に見えた。


ガチャン


 檻が開けられる。


「抵抗するなよ。なに、お前の悪いようにはしない」


 看守は言った。


 だが、目の前の建物以外深い森林に覆われている。


 こんなところで逃げようものならそれこそ、三日で死んでしまう。


 そのことを知ってか、手錠などはされていなかった。


 にしても警戒心が薄くないだろうか。


 俺は仮にも殺し屋だぞ。


 何を企んでいるのだろうか。


 施設の中に案内されると、そこにはありとあらゆる人間が扱える兵器が並んでいた。


「これは、どういうつもりだ?」


 看守に問いかける。


「君は、構造を知っていれば世界樹の力を使って、それを再現できると聞いた。ならここで、ここにあるすべての兵器を分解して構造を覚えなさい」


 それだけ言って、部屋から立ち去った。


 鍵がかけられており、外には出ることができない。


 力を使えば、出れなくもないがその後のことを考えると、指示に従ったほうが良いと考えた。


 一応洗面所とトイレはあったので、食事さえ運んでもらえれば生きることはできそうだ。


 工具があったので、今までしてきたように拳銃、機関銃、ライフル、ロケットランチャーまで分解した。


 構造を覚えるのに組み立て直す必要はないので、分解するのに一日で終わった。


 それを外で待っていた看守に伝えると、外に出してくれた。


 それから二日、その施設内にある独房に放置された。


 独房と言っても、窓がないだけで、西洋の豪勢な部屋だった。


 なぜこんなに良い待遇なのか。


 思いついたのは、俺の軍事転用だ。


 確かに俺を利用すれば、多くの人間を殺害できる。


 今度は国公認で。


 一昨日兵器をトレースさせられたのは、おおかたそのためだろう。


「(結局、どこへ行ってもやることは同じか)」


 一眠りしていると、ゆっくりとドアが開かれ起こされた。


「時間だ、こっちにくるといい」


 強い命令口調で叩き起こされると思ったのだが、とても優しい声で語りかけてくる。


 なんだか居心地が悪い。


 案内されるがまま、通路を歩いていくと大きな扉があり、そこでみたのは……


「なんじゃこりゃ!」


 てっきり軍用施設に案内されるかと思ったのだが、それとは程遠い。


 大昔の貴族が使っていたような、とても長いテーブルに豪盛に料理が並んでいる。


 そこに何人か、座っていた。


 一番奥の上座には、看守が座った。


 俺が反対側で、扉に近い下座だ。


 左に二人、右に一人、少女が座っている。


「この待遇に、驚いているようだね。なに、気にすることはない。座って、皆で食事をしようではないか」


 何が何だかわからなかった。


 俺は軍事利用されるんじゃないのか?


 いや、とにかく命令……ではないか。


 指示には従おう。


 席に座るとすぐに、全員分の食事が運ばれてきた。


 西洋のテーブルマナーは分からなかったから、箸をたのむとすぐに用意してくれた。


 右側に座っている少女も、同じように箸で食べていた。


 日本人のようだ。


 上座に座る看守は、料理を少々食べると話し始めた。


「さて、ここに集まってもらったのは他でもない。『最強』の皆様だ」


 皆、料理から手を離す。


「世界樹の枯れかけた世ではあるが、これが最大限のもてなしなのだ。すまないな。最後の晩餐になるというのに」


 最後の晩餐ということは、俺達はこれから死地にでも赴くのだろうか?


 それに最強という言葉も引っかかる。


 俺はさておき、三人の少女はなにが最強なんだ? 花札か将棋の話でもしているのだろうか。


「ミスターオリバー、それは仕方のないことだ。むしろ我を指名してくれて、ありがたく思っている」


 左奥に座る長い金髪でオッドアイの少女だ。しかも右目が金色で左が白銀。まさかカラーコンタクトではないのだろう。そして食事の場だというのに、真っ黒いローブを纏い、青いベレー帽が可愛らしい。恐らく俺よりも年下だろう。


「あたしも不満はないぜ。なにせこのクソッタレた世界を、救えるってんだからさ」


 その手前に座る少女は、空色の髪を肩まで垂らしており瞳は朱かった。


 この子は同年代くらいだろうか。


「待てよ、話が見えない。なんだ、世界を救うって」


 すると三人の少女はキョトンとしていた。


 皆、理由を知っているのだろうか。


「君にはまだ、話していなかったね。神木蓮夜かみきれんや君」


 食事の席だと言うに、立ち上がり窓を見上げる。


「知っての通り、この世界の世界樹は枯れかけている。限界を迎えているのだ。そこで我々は、考えた。同じ世界樹を持つ世界から雫を分けてもらえれば、再びこの世界樹は息を吹き返すだろうと」


「それが、最後の晩餐っていう意味と何の関係が?」


「言葉通りだ。君たちは、この世界の『最強』の人類だ。特に君、神木蓮夜君は世界樹の力を使うことが出来る。そこで、君たちには、別の世界に行き、雫を採取してもらう」


「別の、世界……だと」


 つまりなんだ、異世界にでも行こうっていうのか。


 おいおいどういうことだ、俺は単なる殺し屋だぞ? そんな俺が行って、どうにかなるものではないだろう。


「あの……一つ。そこの神木さんはどのような力を持っているのか、知りませんが……私達なら別の世界でも簡単に雫を採取できると思います」


 そう言いきったのは他でもない、箸で食事をしていた右側に座る少女だった。


 日本人とは思えない銀色で靭やかな髪を二つにまとめ、ゴスロリ服を纏った翠眼の子だ。


 この子も、最強……なのか?


 見た目からは想像がつかない。


 まだ保護者が居てもおかしくはない年頃に見える。


「そういうわけだ。この晩餐が終われば、後は我々の用意した転移装置で別世界へと飛んでもらう」


 シンと場が静まり返る。


 まさか本気で言っているのだろうか。


 確かに世界樹の力を利用すれば、本当に考えられないが万が一異世界に行くことができたとする。


 そこで雫とやらを回収するなんて、俺には無理だ。


 俺には、殺すことしかできないのだから。


 バンと机を叩く。


「俺には無理だ! 俺は最強なんかじゃない。異世界に飛ばされるくらいなら、いっそ殺してくれ! それが無理なら、今ここで死んでや――」


 手元にあった、使うことのなかった食卓ナイフの一本を取り出して首元に当てようとした。


 のだが、体が硬直したように動かない。


 なんだ、この力は!


「自ら命を捨てるなんて、神が許してもあたしの前じゃ許さないよ」


 手をこちらに突き出して、ニヤついてる空色の髪の少女。


「これは……お前の力なのか!」


 唯一動く唇を必死に動かして訴えた。


「そうさ、知らなかったのかい? あたしは世界最強の超能力者エスパーさ」


 「自己紹介がまだだったね」と続ける。


「あたしは、妃=マルチネスだ。今年で十七になる。君も同じくらいの年だろう? 自害しようなんて、思い違いはまだ早いんじゃないのかい」


「そのくらいで、離してやれマルチネス君」


 ふん、と啖呵を切った時、体は自由を取り戻した。


 これが、超能力?


 そんなものが存在していたのか、この世界は。


 俺の世界樹の力は特別じゃないのか?


 いや、そもそも世界樹が関係しているかも怪しい。


 原理もわからなければ、訳もわからない。


「仮にも『最強』と呼ばれて、この場に来た者がすることとは思えないな。もし自死するのなら、我が魔術の贄にしてくれよう!」


 すると少女は立ち上がって、漆黒のローブを靡かせた。


「我は偉大なる大魔術師ルーナ=ウィリアムズだ。間違っても、魔法などと言うなよ。そんなものはこの世界には存在しない。この世を司るのは、魔女である我の魔術のみ」


 ルーナを名乗った彼女は、言いたいことは言えたのか、静かに椅子に座り直した。


「では私も……星見梓紗ほしみあずさです。一応精霊術士です。と言っても、ここに呼ばれたということは、私が呼ばれるにふさわしい能力を持っていたからだとは思いますが」


 右側の銀髪の少女は、梓紗という名らしい。


 看守に顎で指示される。


 お前も自己紹介をしろと。


「えっと、なんか悪かったな。神木蓮夜だ。日本で……貧民層で暮らしてた。そこで引っ張ってこられたんだ」


 このメンツの中で、本職は殺し屋だとは言えなかった。


 むしろ俺が殺されそうだった。


 魔術師? 精霊術士? なんだそれは。


 一応教養はある方だと自負している。


 貧民街で様々な本を読んでいたからだ。


 ニュースも、できるだけ聞いていた。


 しかし、魔術だの精霊だのなんてのはおとぎ話でしか知らない。


 実在……するんだろうな。


 先程の超能力の件といい、存在しないのならわざわざこんなところには居ないだろう。


「ふむ、神木君も落ち着いたようだね。では食事を再開しようか」


 再び看守は椅子に腰掛ける。


 コース料理が再開された。


 皆、一様にして話さない。


 異様な空気のまま、食事は終わった。


 そして皆一度部屋に戻った。


 俺も豪華な独房に戻ることになった。


 その時看守に言われた。


「君は幾人もの人間を殺してきたのだろう。だが、それよりも世界の為に戦ってはくれないかい? もし無事に帰ってこられたなら、地位も名誉も好きなだけ与えよう」


「それを信じろってのか」


「信じろ、とは言わない。世界のために戦ってくれればそれでいい。君は世にも稀な、世界樹に愛されし、世界樹の力ヴィータを操れるのだからな。探すのに苦労したよ。だけどまさか、その力を持った者が勝手にやってきてくれるとは思わなんだ」


 そしてドアは閉まった。


 ヴィータと呼んでいた。


 俺の扱う力の根源を知っていた?


 勝手に想像していただけだったが、本当に世界樹の力を扱うことができていたのか。


 それで俺が最強だと?


 いや、もしかしたら、の話だが。


 世界樹の雫を手に入れるのには、世界樹の力を扱えないとできないことなのかもしれない。


 つまりは、俺の手にこの世界はかかっているということだ。


「(俺が世界を救う……? 出来るのか。俺に)」


 いや、自害もできない今、やるしかないのだ。


 いざとなれば、なんとしてでも逃げ切ってやればいいのだ。


 少女たちが言っていた力だって、嘘っぱちかもしれない。


 だったら、殺してしまえばいい。


 それだけだ。


 冷や汗が止まる。


 殺してしまえばいい。


 その結論にたどり着くと、安心した。


 これが殺し屋の性なのだろうか。


 緊張していたせいか、そのまま眠りについた。




 目が覚めるとまた、どこかに連れて行かれた。


「ここは……」


 巨大な研究室に入った。


 先に三人の少女は来ていたようだ。


 研究室の奥にある、円状の台のようなところに立っている。


「神木君も、行きたまえ」


 後ろからこづかれて、よろけながら台に立つ。


「なんだこれから異世界に行くってのに、へっぴり腰だな」


 マルチネスが答える。


「あいにく、マルチネスみたく図太くないんでね」


「妃でいいって、これから世界を救う仲間だろ」


 仲間……


 そんな言葉は今までの俺には無かった。


 とてもあたたかなものに感じる。


「我もルーナで良い」


「私も……梓紗でいいです」


「皆……」


 これが仲間……


 それはとてもあたたかで、俺が生きてきた世界とは別物に思えた。


「(こんな可愛らしい、仲間がいるのなら、異世界でもやっていけるかな)」


 自分らしくない考えが浮かぶ。


 この感情は、なんだ。


 友情? いや違う。


 殺意でもない。


「では、君たち、ご武運を」


 大きな音がした。


 まるでヘリコプターのローターが回るようなそんな音。


 眼の前の前が真っ白になる。


 その中でもいまだ、感情に決着がつかないでいた。


――この感情は、なんですか?


――それは、恋、といいます。


――恋? 俺が?


――はい、恋を抱いてしまったのですね。


 恋、だと。


 あの場には三人居た。


 でも誰かを、特別視したわけじゃない。


 つまり三人同時に、恋をしたと。


 初恋を三回経験したことになるのだろう。


――お前は誰だ?


――あなた達が世界樹と呼ぶ者です。


 そうか、お前が俺に力を与えてくれたやつだったんだな。


――その恋を、叶えて下さい。そうすれば、世界は……


 視界がまた真っ白に染まる。


――待ってくれ、恋を叶えると世界がどうなるんだ!


 俺の言葉を待たず、真っ白な世界は消えていった。


 そしてそのことを思い出せなくなっていく。


 消えるな! 消えるな!


 必死にそう願う中、一つの言葉だけが木霊した。


『恋』


 それがこの世界での最後の記憶だった。




 目が覚めた時、崖に居た。


 下で大きな音がするなと思い、覗くと……


 少女たちが黒い龍と戦っていたのだ。


 何だあれは……


 本物か?


 ホログラムじゃないのか?


 だったら、どうして三人は戦っているんだ?


 巨大な炎が黒竜を覆う。


 あれは、ルーナがやっているのか!


 とても恐ろしかった。


 これまで俺は、どんな殺しでもやってきた。


 でも怖いと思ったことはなかった。


 その心を失っていたのだ。


 しかしこの炎を見て、本能的に思った。


 怖い。


 敵わない。


 逃げたい。


 と。


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