一千VS四人の戦争が今、開幕す。

第7話 大魔術とアカシックレコード




 蓮夜と梓紗はギルドの前で何かを話しているようだ。


 我は我の選んだ道を征くのみだ。


「行くぞ、妃」


「あいあいさー」


 軽い返事をした彼女は、すでにテレポーテーションをして姿を消していた。


 我が到達速度で負けをとるわけにはいかない。


 となれば選択肢は一つ。


「Curre, Hermes. Per meae! ..(駆けろ、ヘルメス。我が命により!。)」


 金色の魔法陣が、即座に足元に展開されそれが風を纏う。


 その甘美なる風を受けて、空高く駆ける!!


 一度の跳躍で、五十メートルから百メートルの移動を行う。


 重力はもはや紙一枚ほどしか自身にかからない。


 ヘルメスの加護だ。


 空駆けた後に順々に消えていく魔法陣。


 空中着地点には、広がる魔法陣。


 その跳躍はまさに神速。


 これがあれば、我はどこにだって行けるのだ。


 誰も阻むことのできない空駆ける魔女の姿は、村人の認識速度を越えていた。


 ギルドから向かった冒険者たちも誰も到達していない。


 今は巨大な門を閉ざして、防衛に徹しているようだ。


 神速を持ってして、十数秒で北門とやらの上空が見える。


 上から見晴らす景色は、壮大だった。


 一千と言われた兵たちは、それぞれ十人単位で列をなしたものが十個。それが更に十個。


 その数の人間を見ると、何かしらの儀式で使う虫のようにも思える。


「我を相手にするのに、この数……笑わせてくれる!」


 我は魔女だ。


 それも世界最強の。


 その由来は、魔術を極め、その先へ行き、更にそれを極めた先に降り立ったから。


 その先に待っていた壁は……魔法、だった。


 魔法は神の領域。


 世界樹を冒涜することになると言われた。


 とても人に扱える品物ではない。


 そもそも人間には認識できないのでは、とも。


 少なくても我々の世界では。


 それを、我は超えたのだ。


 錬金術と占星術を組み合わせた我の魔術は、とうに魔法の粋を凌駕していた。


 その時、世界樹を守る機関からの連絡が入った。


 『世界を守るため、別世界へ渡ってくれ。最強の魔術師である、君しか頼めない』と。


 あの世界は、我を最強と言った。


 だから今、一千の兵を相手に戦を始める。


 見ているが良い、この世界の神、『世界樹』よ。


 我の勇敢さを!


「なんだ、先についてたのか」


「我よりも疾いものなど、存在せんよ」


 兵士たちは巨大な門に攻めあぐねている様子。


「そうかい」


 妃と二人で北門に向かってくる兵を一敬する。


「妃よ」


「なんだ?」


「誰も殺してはならぬぞ」


「梓紗ちゃんの願いだもんね。わかってるよ」


 幾人であろうと、殺めるのは容易い。


 しかし生かしたまま、戦意を喪失させるのは至難の業だ。


 ……我以外の魔女は、だが。


「我は詠唱に入る。お主は万が一にも兵士が門を突破せぬよう、策を打ってくれ」


「あいよ!」


 妃は低所にテレポートすると、兵士たちの中心の上空へと向かった。


 魔術も使わず、よく空中を闊歩できるものだな。


 そこでなんの能力かは知らぬが、空間の振動を増幅させすべての兵に向かって声を届かせ、こう言った。


『お前らの相手は、この最強の超能力者、妃=マルチネスが引き受けた。殺られたくなけりゃ、あたしを殺ってみな!」


 すぐさま指揮をとるものが、射撃を指示。


 長銃隊が大量の銃弾を浴びせるが、それを妃はケラケラと笑いながら防いでいる。


 勝機!


 北門の上に駆け、空中で駐在する。


 これには門番のイランテン王国側の兵士も混乱していた。


「案ずるな、我らはお主らの味方だ。そこで見ているがいい」


 脳内に七芒星の形を象った黄金の魔法陣を思い浮かべる。


 その陣を裂く!


 その先にあったのは、万物の書庫。


 そしてそれを具現化した大型本だ。


 アカシックレコードの一部を具現化しただけだ。


 それが左手に収まる。


 高速でページが揺れる。


「Hoc est!(これだ!)」


 一枚のページがピンと、立ち上がる。


 さあ、ここからが本番だ。


 右手に持っていた箒を銀の魔法陣を走らせ、魔術効率の高いプラチナの杖に変換する。


 この形状は、元の世界で使っていた杖剣である。




『Magnus Mago Luna-Williams praeest mihi.』


 我、偉大なる大魔術師ルーナ=ウィリアムズが命ずる。


『Da illis vivum malleum sanctum in nomine diaboli.』


 この生きとし生ける者たちへ、魔の名に於いて聖なる鉄槌下す。


『Ostendo, calamitas. Colligite me spiritum illum.』


 示す、災いたれ。その精気を我に集め給え。


『Contra me ire non convenit.』


 我に逆らうことは、理が許さぬ。


 


 そして杖剣を抜き、左の手首に当てる。


 そこから滴る血液は、魔術師である我の所有物だ。


 数秒で地面に数滴落ちる。


 最後の一滴が、落ちる――


――その瞬間、一千の兵の下全体に赤黒い血液が広がる。




『Exsequi.(遂行する)』


 ボトリ、ボトリと、兵たちは皆、順に武器を落とした。


 そのまま、白目を剥き倒れ伏していく。


 その光景を嘲笑ないがら、杖剣を見る。


 そこには、精気と呼ぶべき生きるために必要なエネルギーが兵たちから徴収され、集まってくるのだ。


 その精気は、白い光を放ち、杖剣は振動する。


 この程度のことでは、我の相棒は壊れたりしない。


「かっかっかっ! 見たかっ、我の魔術を、魔導を! これが世界の、我の理なのだっ!」


 爽快な気分だった。


 これほどの人数から精気を集めたことはない。


 それだけのエネルギーがあれば、何でも出来る。


 そう、この世界を我が物にして、すべての生ける者達を生贄にするのだ!


――否。


 それは、魔術に呑まれた感情だ。


 そうやって、世界を自分のモノにしようとして、自我を失い狂気と化した魔術師を幾人も見てきた。


 だからこそ、我は呑まれない。


 魔術に我が支配されるのではない。


 我が、魔術を統べるのだ。


 『魔を扱うものは、決して魔に呑まれてはならない』


 この鉄則を架したのは、錬金術を最初に極めたものが残した言葉。


 そう、だから我は、決してその感情に屈しない。


 その心こそが、自分たらしめるのだ。


「やるじゃねえか、ルーナのやつ」


 遠くで妃の声がする。


「造作もない、これで兵士共はしばらくはまともに動けまい」


 精気を吸い取ったのだ、戦意など幾ばくも残っては居ないだろう。


「これで、こっちはかたがついたな。蓮夜達は上手くやってっかな~」


「では、向かうか」


「そうだな」


 集めた精気は……まあ、いつか使うだろう。


 再びヘルメスの加護を纏い、王女と蓮夜たちのところへ向かうのだった。


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