第6話 一千の兵との戦争が今、始まる。


 倒れ込んでいた、犬の垂れ耳が頭についている重装備の兵が血まみれだったから

だ。

 一体どうやってここまで来たのか、わからないほどに重症だ。

 この街には病院はあるのだろうか?

 だったら早く連れて行ってやらないと、命の危険がある。

 急いで駆け寄る。

「あんた、大丈夫か……そのままじゃ死んじまう。今、手当を……」

 いいかけた言葉が遮られた。

『見てわからねえのか、俺は『獣人』だ。このくらいじゃ死にはしねえ。それよりも、皆聞いてくれ』

 俺の方を借りて立ち上がった。

 見かけどおり大男で、装備もあってか非常に重たかった。

『イソリンナ城のヘルミ第一王女が……攫われたんだ』

 その言葉で、ギルド嬢までもが顔面蒼白になる。

 この国の王女が攫われたということか。

 たしかにそれは一大事だ。

 ギルド嬢が叫ぶ。

『では、イランテン王国からの緊急クエストの発注ですね?』

 血だらけの男は言う。

『イランテン王国第二騎士、アンセルミが命ずる。緊急クエストを発行せよ。内容は、【北門にいる一千を超えるポフィオイネン王国の騎士の討伐。そして、ヘルミ王女の奪還】だ』

 その瞬間。

『うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』

 ギルドの中がまるで声を競うかのように喧騒が包む。

「おいアンセルミとやら、緊急クエストとはなんだ?」

 ルーナが怪我など気にしていないかのように、喧騒の中近寄って問いかける。

「お前さん達、ギルド歴が浅いのか? 緊急クエストだよ。クエストランクを取っ払って、誰でも受けることの出来る特別クエストだ。成功すれば、報酬は独り占めできるんだよ」

 「その代わり失敗すると死んじまうし、今回だと国の存続も危うい」のだそう。

「ふむ、ではもし我らカオスファミリーだけのメンバーでその緊急クエストとやらを、成功させたらどうなる?」

「そんなの無理に決まってるだろ、異国のお嬢ちゃん。でももしできるんなら、今回の場合報酬として貴族の地位を与えられるのは当たり前として、皇族に入ることも出来るかも知れねえ。一生遊んでも使い切れんガルドとともにな」

 ふん、とマントを翻すルーナ。

 まわりがギルドの外に全力で向かっている中、冷静に何かを唱えた。

「Redi ad id quod fieri debet.(時よあるべき姿に戻せ)」

 金色の魔法陣がアンセルミの下に浮かび上がる。

 するとどうだろうか、血だらけだった防具の血液のみがもとに戻っていきものの数秒ですべての傷が完治した。

「な、なんだこれは……異国のお嬢ちゃん、あんたがなんかしたのかい」

「ふん。額の大きな傷は古傷か? 時を少し戻しただけでは治らなんだ。問いに答えた礼だ。気にするでない」

「あ、あんた名前は……? この国の者ではないだろう」

「カオスファミリー所属、ルーナ=ウィリアムズだ。我が名、生涯忘れるでないぞ」

「分かった、ミスウィリアムズ。俺は戦に戻る。あんたは逃げた方がいい、この国は戦場になる」

「何を言っておる? 片付けに征く」

「何をだ……?」

「一千の兵を、だ。いくぞ、ファミリー達よ」

 ルーナは報酬を聞いたからなのか、とてもやる気に満ち溢れていた。

「まあ、あの報酬を聞いたらやるしかないよな梓紗」

「はい……できるだけ亡くなる方を減らしたいです!」

 たかにこれは戦争だ。

 一般人が戦えば、大勢の死人が出るだろう。

 そう、一般人が戦えばのはなし。

 だが、このカオスファミリーのメンバーは違う。

 もしかしたら、死人を出さずして制圧することも出来るかもしれない。

 そう……殺すのは、俺だけの役目だ。

 それをファミリーと呼んで認めてくれた人たちに、背負わせるわけにはいかない。

 恋する『最強』達の戦争が今、幕を開ける。 

 

 ギルドの入り口に立ち、作戦を練る。

 それは俺の仕事だった。

「まず俺達はイランテン王国の大体西側から、入国した。つまり北門までそう遠くはない。城もここから北西に建っている。北からは城を攻めやすいんだろう」

「それはわかってるよ。そんで、どうやってお姫様を救って千人もの兵士をとっちめる?」

 指をパキパキと鳴らしている。

 きっと妃一人でも、時間はかかるがなんとかできるのだ。

 でも今は俺を入れて、四人も戦力がいる。

 しかも俺以外の二人は、妃に戦闘力で一歩も引けをとらないだろう。

 さて、どう配置する。

 俺は逃げ去っているお姫様を追いかける自信がない。

 だとしたら、兵隊たちを門の上から狙撃する足止めくらいが妥当だろう。

「私が……ヘルミ王女を助けます。女の子が攫われているなら、可愛そうですから」

 一番先に名乗りをあげたのは梓紗だった。

 確かに<鳳凰>の力を使えるのなら、上空からの追跡は容易だろう。

「だったら、蓮夜が連れ添ってあげなよ。<鳳凰>を顕現してる間は、他の能力が使えなんだよね?」

「そう……です。蓮夜さんが居てくれると、助かります」

 言われてみればそうだ。

 そういえば全員に共通しているのは、同時に別の力を発現さていないことだ。

 それが故意か、どうかはわからないが少なくても梓紗の<鳳凰>を出している間、誰かがお姫様を助けなければならない。

「なら一千の兵は我が引き受けよう、共に戦ってくれるな? 妃=マルチネス」

「おうともさ」

「ならその作戦通りに、二対二で別れよう。梓紗、悪いが乗せていってくれ」

「……」(コクコク)

「皆、幸運を祈る」

「我は死なない」

「あたしは大丈夫さ」

「私は連夜さんを守ります」

 って、十三歳の女の子に守られる俺って……

 いやそれも仕方ながないことだ。

 能力に差がありすぎるのだから。

 今回も俺は補助に徹するだけだ。

 まわりの民家は、さっきまで露店を広げていたのに、忙しくそれを畳んでいた。

 戦争が来ることを聞いたのだろう。

 今なら、誰もこちらを気にかけないはず。

「蓮夜さん……行きますよ!」

 梓紗は大きく息を吸い込んだ。

「『朱雀』!来て『鳳凰』」

 大きな風を伴って、どこからか鳳の鳴き声が木霊する。

 それが俺と梓紗を攫い、天へと運んだ。

 ルーナと妃はすでに姿はなかった。



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