第五話 安寧

 俺は、回らない頭とふらふらとする足取りで商店街に向かい歩き続けた。

 商店街の入り口ある年季の入った看板が見えてくる。


 長年手入れもされていないのだろう。

 大型ショッピングモールや至る所にできたチェーンの24時間開いているコンビニに人が奪われて、いつも閑散としている場所だ。

 シャッターが閉まった店が多く、その店の前ではダンボールで作られた簡素な寝泊まりかできる場所が点々とある。

 見窄らしい古着の人が生気のない目をしながらフラフラとしていたり、座り込んでいる姿が余計に治安の悪さを感じさせてくれる。

 まさにゴーストストリートと揶揄されてもおかしくはないだろう。

 見える人の右腕には俺と同じ黒い腕章が付けられている。この黒い腕章は社会ランクがEランクである証なのだ。

 つまりここにいる奴らは社会の底辺が集まる場所。

 俺も学校を卒業したらこの一員になるのかと思うと、少しだけ寂しく思う。


 近い未来の自分の姿を見ないようにして、目的地であるベーカリーまるじょうへと向かっていく。


「あの角を曲がったところだ。」


 こんな寂れた店が並ぶ中で、綺麗に整えられたパン屋が見えた。

 看板にはでかでかとまるじょうと書かれている。

 その店先では髪の毛をアップで結んでいる掃除をしていたおばちゃんが目に入った。


「こん――「ぐぅ~~~!!!!」」


 俺がおばちゃんに声をかけようとした時に腹が挨拶代わりに大きな音を出した。

 恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかる。

 すると、俺の存在に気が付いたおばちゃんがこのこちらを振り向くと微笑んだ。

 この場に来て、金を持っていない事を思い出した。今日は本当に物乞いに来た事になってしまう。

 少しだけ戸惑ったが、空腹には耐えられない。俺はおばちゃんの近くに寄っていく。


「こんにちは。おばちゃん。」


「よく来たね。てつ坊。って……どうしたいたんだい。その顔?」


 豪鬼に殴られて赤く腫れている頬をみておばちゃんは戸惑いの声を上げた。

 誰にも触れられなかった傷だ。

 自分でも忘れていた。


「あぁ、うん。これは豪鬼に殴ら――」


 豪鬼の奴がムカつく事を誰かに話したい気持ちはあるが本人に言わずな他人に愚痴るなんて自分が惨めになる。

 グッと唇を噛み締めて言い直した。


「でも、大丈夫。もう痛く無いよ。それにこのくらい慣れてるから平気。」


 それでも心配そうな表情は消さずに俺に向けてくれている。

 蔑みでも憐れみでも無いその視線を向けてくれる人なのだ。心配はさせたくない。


「本当にヤバかったら言うから。」


「そう。」


 おばちゃんはそれ以上追求してこなかった。

 これ以上話したら、豪鬼への恨みが溢れてしまう。おばちゃんのこういう配慮は本当にありがたい。


「それで今日はどうしたんだい?」


「……良かったら余ったパンの耳とか欲しいんだけど……実は昼飯食べ損ねちゃって……」


 おばちゃんは俺の話を聞いて、目を瞑りながらうんうんと頷く。


「もぅ、子供なんだから気にしない、気にしない。あんたも成長期なんだから、良いもの食べないとちゃんと大きくなれないわ。どうせ、いつもは支給されたレードルで済ませたちゃうんでしょ?それじゃダメよ。」


 おばちゃんはそう言いながらパンと俺の背中を軽く叩く。ははっと、笑いが込み上げてくる。 

 そう言われて少しだけ安心する。


「ほら、裏手の方で待ってなさい。」


 それだけ言われておばちゃんは店の中に戻っていった。

 裏手に回ると、キッチンから直接繋がる裏口があり、その近くには小さな倉庫がある。

 パンを作るための小麦粉などが備蓄されている部屋だ。

 石畳みの上に腰を下ろすと、裏口が開き、おばちゃんがパンの耳が詰まった小さな袋を持ってきてくれた。

 ベーカリーまるじょうはここら辺では珍しくEランクのものにも食べ物を売ってくれる店である。

 それだけじゃなく、お金のないものにはこうしてパンの耳を配ることもやってくれているのだ。そのため多くのEランクがこの店に集まる。治安は悪いが、このおばちゃんの朗らかな態度もあり、盗みを働く奴はいない。


「ありがとう。」


 袋を受け取ると、直ぐにパンの耳を口に入れる。サンドイッチを作ったあまりなのか、少しだけ卵の具が付いている当たりも多く入っているようだ。

 俺はそれにガッツリと食べる。

 おばちゃんはじっとみていたがお構いなしだ。

 こうした生鮮の加工品はここでしか食べられない。

 ガツガツとパンの耳を喰らう俺をみて、おばちゃんがつぶやいた。

 

「……てつ坊もあんまり気張るんじゃないよ。社会ランクなんて、気にしちゃダメなんだから。」


 おばちゃんの顔を見るとすこしだけ、寂しそうな顔をしていた。

 これはおばちゃんの口癖だ。


「うん。とは言っても、あいつが勝手に因縁つけてくるから、俺が頑張ろうが頑張らなかろうが、あんまり意味ないんだけどね。」


 腹が満たして、おばちゃんと話した事でイライラとした気持ちも少しは消える。


「今度は何か買いに来るよ。」


「買いに来るなんて大層なこと言わなくても困ったり遊びたい時は遠慮せずに来なさい。」


 おばちゃんがぽんぽんと俺の頭を軽く叩くと店に戻っていく。


「うん……ありがとう、おばちゃん。」


 誰に聞かれるわけでもなく返事を返した。俺が踵を返した時に店の中から怒号と何が壊れる大きな物が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る