第八話 逆襲

 「よく寝た。ふぁ〜。」


 熟睡したためか自然と身体を伸ばしながら大きなあくびが出てしまう。

 こんなに熟睡したのはいつぶりだろうか?


 いつものような気怠さはなく、身体全体がスッキリしているようだ。

 ボロボロのカーテンから差し込む朝日が眩しい。


 ベッドからのそのそと起き上がり、朝の準備をする。


 台所に置かれた段ボールから適当に缶を取り出して封を切る。

 包装されていたパンが空気に触れて少しだけ膨らみ始めた。

 ある程度の大きさになったパンをちぎり。口に含んだ。

 どっかの工場で無機質に大量生産された加工の保存のきくパン。パサパサとした食感に無味無臭。それでも生きるのに必要な栄養だけはきちんと含まれている完全食。

 まさに、栄養を取るためだけに食べている。

 Eランクの者が飢えないようにと最低限の保障として支給されてくるものだ。


 パンを飲み込んだ後、段ボールの中から同じように支給されているレーションを、弁当箱にギチギチに詰めて、鞄の中に放り込む。

 Eランクは特別な理由が無いと学食もコンビニも使えないのだ。面倒でもこうやって準備するしか無い。

 いつものように朝の準備を済ませた俺は学校に向かった。


 登校中は昨日の事を思い出しながらぼんやりと登校していた。

 いつもなら気になる。

 くすくすと嘲笑する声も、見下さられる視線も気にならない。


 考えていたのは昨日の夢の事


 ではなく、出来事だった。


 あの時、何が起きたのか?


 という事だった。

 不審者が銃が放つその前、いつもと同じように、俺はあの謎の無機質な空間に飛ばされた。

 今まで動く事ができなかった世界で、俺はあの時、自由に動く事ができた。

 そして不審者からなんなく銃を奪い取ることに成功し、おばちゃんを襲っていた武器を持った不審者を難なく撃退できた。


 あの空間で起きた事が結果で返ってきたのだ。


 それってすごい事なのでは無いか?


 そんな思いが駆け巡る。

 しかし、すぐに頭を振り払う。


 どうしたら良いのだろう?

 誰かに相談できる訳もない。


 あの謎空間に飛ばされることをレポートに書いた時に、サポート担当者のハゲにねちっこく愚痴愚痴と詰められた嫌な経験を思い出す。


 そもそも、あの無機質な空間の事すら誰も信じてくれないのだ。証明のしようも無い。


 悶々とした気持ちを保ちながら歩き続けているといつしか、教室に辿り着いていた。


 教室から豪鬼の怒号が聞こえてきたせいでびくりと体が反応して、正気に戻ったのだ。


 教室に入ると、原因はすぐに分かった。


 豪鬼が鬼の形相をしながら、クラスメイトの男子の胸ぐらを掴みあげていた。

 昨日、豪鬼からカツアゲされた上で俺の代わりにパンを買いに行かされていた奴だ。半泣きになりながら、「豪鬼さん、ごめんよぅ……」と訴えて続けている。


「ごめんで済むのか? テメェー? 舐めてるよな?」


 何故こんなに豪鬼が怒っているのか?

 俺にはわからないし、興味もない。これもいつもの事なのだ。


「だって、だって……」


「でもでもだって、じゃねーんだよ。」


 それでも今日の怒りっぷりはいつもよりも激しい気がする。このクラスメイトは何かをしてしまったのだろう。

 この状態になっている豪鬼を止める術がある訳もない。勿論、誰も止めになど入らない。

 俺だって……


 そんな喧騒の中、俺は静かに教室に入り自席に座り下を向く。

 豪鬼の怒りが収まるまで落書きを無心で見てるしかできない……


 後ろの方では何かを殴る鈍い音聞こえてきた。それと同時にクラスメイトの謝罪の言葉は、どんどん力を無くしていき、呼吸音なのか何かを話しているのかわからないほどにか細くなっていった。

 こうなるのが俺じゃなくて良かった


 ……良かった? 本当に?


 金髪女の声が聞こえた。


「あはっ⭐︎豪くん。そのくらいにしといたら? あんまり殴りすぎるとそいつ死んじゃうよ?」

「美沙がそう言うならよ勘弁してやるか。 ちっ、クソボケ! 美沙の優しさに感謝しろよ?」

「豪くんってば! そんなに褒めても何もあげないよ。」

「たくっ、テメェがちゃんと片付けできてなかった所為で美沙がクソどもに馬鹿にされちまったんだろ? 反省しとけ!」

「良いってば〜。ゴミの出し方もわからないから、Eランクなんだよ。あはっ⭐︎」

「ぼ、僕はちゃんと片付けたはずなんだよ……」

「あっ? 何、反論するわけ? じゃなんでこの教室の下にゴミ袋が残ってるんだ? 昨日テメーに美沙の代わりに下の階の掃除を命令したよな? あぁん?」


 聞こえてくる内容から、それは昨日、俺が置いていったゴミ袋の事が原因のようだ。

 俺の勝手な行動が豪鬼を切れされた。

 そして、そのいちゃもんがクラスメイトに向かっているのだ。


…本当に良いのか? 駄目に決まってるだろ!!!!


 俺は思いっきり机を叩いた。


「いい加減にしろよ!」


教室の中の視線が一気に俺に集まった。

それぞれの顔を見る余裕はなかった。俺は豪鬼を睨みつけた。その顔には流石に驚きの表情が浮かんでいる。

俺は、畳み掛けるように豪鬼に暴言を吐き出す。


「掃除くらい自分でやっとけ!! 自分でやりもしねぇくせに他人に文句ばっかり! 自分勝手な我儘言いやがって!!! ギフトは良いものなのに、最底辺のクラスに落ちてイキり飛ばすなんで恥ずかしくないのか!!! こんな最底辺の猿山のボス猿がイキってんじゃねーよ!!!」


 一度吐き出した事で溜まっていた無理やり押さえ込んでいた感情の袋が破裂したように、今までの感情を全部吐き出すように口が止まらない。

 感情任せに口から出てくる言葉は意味もない支離滅裂なものだっただろう。


 ⭐︎⭐︎⭐︎


 豪鬼は目の前の矮小な鉄人(ポチ)が自分に楯突いていると、気がつくまでに少しだけ時間が必要だった。ギフトを授かった日に豪鬼と鉄人の間には明確な差が生まれたため、そんなことは想定していなかったからだ。

 口にしている言葉の意味はよくわからなかった。それでも、止まることなく興奮気味に罵詈雑言を言いながら捲し立ている。それが自分に向けて言われていると気がついたのは、目の前の鉄人が送ってくる睨みつける視線。唾を飛ばしながら、今までに見たことの無い顔で俺に向かい何かを吠えている。

 格下の屑に馬鹿にされていると気がついた豪鬼の顔は先程、クラスメイトをボコっていた時とは比べ物にならないほど怒りで歪んでいた。


「殺す……ぽちぃ……テメェ……望み通りぶっ殺してやるよ!!!!!」


 豪鬼はゆっくりと立ち上がる。そして、鉄人と豪鬼の間を遮るように目の前置かれていた机に向かいチョップをした。

 机はメキメキバキバキと音をたてながら、真っ二つになってしまった。

 これが怪力の力なのだ。この圧倒的なパワー。矮小な人くらいなら簡単に潰すことも容易だ。

 豪鬼は二つに割れた机を掴みあげて、窓の外に放り投げる。窓ガラスが割れた。豪鬼の怒りは教室の伝播する。それは、力のないEクラスにとっては恐怖以外の何者でもない。突然、パニック状態になってしまう。こんな事態は初めてなのだ。

 慌てふためきながら、多くの生徒は教室の外に出て行ってしまい、教室には豪鬼と鉄ひとの二人だけが取り残されていた。


 突然の事態。誰も何もできずに生唾を飲みながら、教室の外から豪鬼と鉄人を見ていることしかできなかった。


 茹で蛸のように真っ赤になった顔で、俺を睨む目には明確な殺意が宿っている。

 恐怖で怯みそうだ。

 それでも俺も対抗して睨みつける。

 もしも、昨日の現象が偶々起きた事なら俺はこいつに殴り殺されるだろう。

 それでも構わない。もともと価値のない命だ。こいつに恥をかかせただけでも、儲けものというものだ。

 豪鬼が一歩踏み込み構えた。俺も構える。


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  ティン! ティン! ティン! ティン! ティティティン!!!!―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

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