第七話 夢幻
俺が家に帰った時にはもうあたりは真っ暗だった。古びたアパートの共通の勝手口で切れかけの電球がチカチカと点灯していた。
自分の部屋にたどり着くまでに雑多に置かれた年季の入った家電を通り過ぎて、靴を脱ぎ捨てた。
電気を灯すとベッドが部屋の6割を占める無機質なワンルームが出迎えてくれる。
持っていたカバンを放りなげてベットに横になる。
いつもなら至る所に空いた壁の穴や嫌な臭いによって苛立ちながら過ごすのだが、今日は少し違った。
(疲れた……)
身体から一気に力が抜けていく。
やらなきゃいけない事がある。
「今日あった事を報告しなくちゃ……」
俺のようなEランクの学生には、自治体が行なっている支援プログラムがあり、そことの面談と一日のレポート提出が俺に課せられた最大の仕事だ。
これは、名目上、社会に出てから活躍するための基礎力とメンタルケアを兼ねて取り組まれているものだ。
それに、自分のギフトや行動が社会に必要だとアピールすれば、ランクが上がることもあるらしい。
ただ、俺の担当者は、やけに高圧的な態度をとってくるやる気もないお役所仕事のハゲだ。
このプログラムでEランクから上がったという話を聞いたことがない事を考えると、他の奴らも全員同じ感じなのかもしれない。正直、Eランクを相手にしているからと、見下し適当にあしらっている感じがしていた。
基本的には「はい」か「いいえ」を流れ作業のように答えるだけのものなのだ。
基本的にやる価値は無い。それはこのプログラムを強制されてから嫌というほど味わってきた。
それでも万が一、ここで評価されれば、ランクが上がることもあるという一縷の望みにかけて否が応でも毎日、続けてきたわけだが……
ただ今は、そんな退屈な流れ作業をするほど気力はなかった。
眠気には勝てないのだ。
ベットに横になってすぐに俺は深い深い眠りに落ちていった。
いつもなら今日あった嫌な出来事の数々を思い出して悶々とたり、上の奴の大きな足音が気になったり、隣の部屋から女の激しい艶かしい声とベッドの軋む音にやって、ベッドの上で数時間は眠れない時間を過ごすものだ。
俺を寝かせてくれない邪魔な要素も今日は気にならない。
それだけ心身ともに疲れていた。
ベッドに入ると頭は真っ白になり、いつのまにか深い眠りに落ちていた。
―――
――
―
気がつくと、そこは真っ暗な場所だった。
俺は、これが夢である事はすぐにわかった。身体は動かず、喋る事もすらできないが意識だけははっきりとしている。
この感覚に身に覚えがあった。昔、ギフトを貰った時に感じた物を今も感じがするのだ。懐かしさを感じていた。あの時はただただ怖かった思い出あるが、今は変な懐かしさを感じている。
声が聞こえてきた。
女の声だとわかったのは、やけに柔らかい声だったからだろう。
「汝、試練を乗り換え才を開花させた。世の真理に届く力。新しき力の一端を拓(ひら)き次の段階に向かう……」
言葉の意味はわからない。
呆気に取られた顔をしていただろう。
その顔で何かを察せられたのか、難しい言葉が止み少しだけ間が空いた。
「……」
今はどうしたものかと考えた。取り敢えず表情は通じるようだ。表情で今の気持ちを伝えられないのだ。
鉄人はグッと真剣に目を見開き、どう言う事か聞くような表情をしてみた。
無論、そんな器用な事ができる訳ない。
すると何かを噴き出した後に、笑い声が聞こえてくる。
「あはは。あはははは。」
更に顔を歪ませて変な顔を作る。
「はー、はー。ちょっと、顔で合図してくるとか想定外だよ。」
女の言葉が気さくにものに変わった。
「君は一歩こちら側に来たんだ。堅苦しいのはなしにしよう。ようこそ【時代に抗う反逆者】さん。僕は【標(しるべ)の残す調停者】。以後お見知りおきを。同士。」
乾いた拍手が俺を迎合した。
意味の分からない事の連続に思わず眉を顰めてしまう。
「ふむぅ。君は嬉しくない?」
碌な体を動かす事も出来ず、喋る事すらできないのだ。
頭には混乱だけが広がっていた。
時代に抗う反逆者? 本当になんの事だ?
分からな過ぎて若干怒りの感情もこもり始める。
「あら? あれれ?」
俺の反応がイマイチだったからだろう。
女も困惑して声を出し始めている。
「……もしかして、僕は、早とちりしちゃってる?」
度し難い顔をして、今の混乱している状況を伝えようとした。
それが伝わったのだろう。
「あはは。ごめんねー。そっかまだ半分なのか。」
何が!?
言葉が出るならそう大きな声で叫んでいただろう。
「まぁっ、君に力なら来れるよ。きっとね。」
女の言葉と共に辺りが暗くなり帳が閉じていく。
―――
――
―
「主語と目的語をはっきり言いやがれ!!! 全く話が分からねーぞ!!!!!」
思いっきり上半身を上げながら、俺は夢の中で言えなかった事を大声で叫んだ。
もやもやとしする嫌な夢だ。
まだ辺りは暗い。
隣の部屋かドンと壁を叩く音がしたが、すっきりした俺は倒れ込むようなベットに横たわるとそのまま、深い眠りについた。
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