第四話 帰宅

 校舎裏に溜まった埃を箒で集め、埃の山をちりとりに入れながら、俺は大きくため息を吐きだした。


 俺がなんでこんな場所でこんな事をしているかというと、その理由を説明するのは簡単だ。

 無駄で退屈な授業を終えて早く帰ろうと、クラスを出ようとしたところで豪鬼に止められたのだ。

 呼び止められた訳じゃない。

 後ろから襟袖を掴まれ、物理的に動きを止められたのだ。

 媚びるような愛想笑いをしていた俺の頭をワシワシと撫でながら豪鬼はニンマリとしたムカつく笑顔を向けてきた。


―――

――


 ってな訳で、豪鬼は俺に校舎裏の掃除という面倒な雑用を押し付けてきたって訳だ。

 勿論、俺に拒否権はない。


 思い出してむしゃくしゃしてくる。

 今は誰も見ていないことを確認すると、「ふぅー」と息を吐き出して、


 「クソッ!!!」


 と、枯れ葉が生い茂っていた木を蹴り飛ばした。

 木から葉っぱが大量に落ちてきた。

 禿げた木を見て少しだけ気分がスカッと晴れたような気がする。

 この木に恨みがある訳じゃない。これが忌々しい豪鬼相手だったらどんなに気持ちいい事か。


 しかし、そんな気分も一瞬。

 周りはこの落ち葉で一杯になってしまった。

 これは、一体どうしたものか……?


 感情的に八つ当たりした木の逆襲によって、新しいゴミを生み出してしまった。折角やった掃除も水泡になったのはもとより、そろそろゴミ回収の時間が迫っているのだ。

 後悔が押し寄せてくる。


 それに、既にあたりは薄暗くなってきている。今はオレンジ色な夕焼けがサンサンとしていた。こんな量の落ち葉を片付けていたら真っ暗になってしまうだろう。今日はお金の支給日なのだ。遅れてしまう。


「……そうだ。あそこに置いておこう。」


 落ち葉をゴミ袋に詰めて、俺は思いついた場所に持っていく。

 そこは、西棟の教室の下。

 俺のクラスの教室の真下に当たる。

 西棟は基本的に追いやられ部屋しかない為、人は滅多に近寄らない。

 大量のゴミ袋が置かれていても一日くらいなら誰にも気付かれる事はないだろう。


 他にゴミが落ちていないことを入念に確認してから、落ち葉の詰まったゴミ袋を持って教室に戻る。


 西棟まではかなりの距離がある。

 学校の恥部を見せたくない学校の配慮なのだろう。

 ゴミ袋を抱えて歩くのは結構骨が折れる作業だ。


 そのムカつきを晴らすように乱暴にゴミ袋を投げつけた。

 そんな事をしたって気分が晴れるわけじゃない。

 俺は肩を下げた。


「はぁ……もう真っ暗だ。こりゃお金の支給は受け取れそうにないや。全く作業をしていると時間はあっという間だな。」


 何もしていない時間よりも何かをしている時間は無駄に長く感じるものだ。

 そのため掃除という作業があった時間は、授業中よりは幾らかはマシかもしれない。


 そんな事を思いながら俺は教室に戻ってきた。

 当然だが教室の電気は消えていた。

 既に誰も残っていない。

 お金の支給日という事もあるし、そもそもこんなクラスに長くいたいと思う奴はいない。

 このクラスを楽しいと思っているのは豪鬼と豪鬼に気に入られたクソビッチどもだけだろう。


 既に皆んな帰ってしまった誰もいない電気の消えた教室は少しだけ寂しそうだ。

 自分の荷物をまとめて、俺は家への帰路についた。


 自宅まであと半分というくらいのタイミング。


ぎゅるるるる……!!


 腹が盛大になった。

 あまりの大きさに恥ずかしくなってしまい辺りを見渡す。幸いなことに誰も居ないようだ。

 そういえば、今日は豪鬼に弁当をぶちまけられてしまったから、昼から何も食べていない。

 鳴るお腹をさすりながら、肩を下げる。


「腹減ったな……」


 既に夕刻。落ちかけた西日が嫌というほどまぶしい。

 豪鬼に丸投げされてしまった校舎の掃除を片付けていたらもうこんな時間だ。


「……」


 帰路の途中、コンビニがある。

 コンビニの正面には『Eランクの入店お断り』と書かれたポップがでかでかと掲げられていた。

 俺が睨みつけるように見ているとポップが貼られた自動ドア動いた。

 そこから、4名の男女の学生が袋を持って笑いながら外に出てきた。

 楽しそうな様子だ。同じ学校なのに、こんなにも違う世界があるのだろうか?

 何かに惹きつけられるように様子を伺っていると、俺の腹がひときわ大きな音を出した。

 その音で、俺に気が付いたのかそのグループの中からひそひそと話しを始める。

 すると、その中の一人の男が袋から、出来立てのホットスナックを取り出した。

 揚げ物の良い匂いが漂ってくるようだ。

 そいつはまるで見せつけるかのようにホットスナックを頬張った。

 口の隙間から肉汁だ垂れて、きらきらと光っているように見える。


「てっちゃん、おいしそー。わたしにも、ちょーだい。」

「めぐは食いしん坊だなぁ。いいよ。ほら。」


 男の傍にいた女が、俺にも聞こえるくらい大きな声で言うと、男は唐揚げを女に向ける。

 男の噛み後に躊躇せずに女は唐揚げを口に頬張った。

 

「おいしー!」

「だろ?」


 人が何かを食べている様子を見て再びお腹が鳴る。

 恥ずかしくてみじめで、俺は下を向いた。

 すると、笑い声が聞こえてくる。


「ほんと、Eランクってみじめだよねー。」

「言うなよ。Eランクがここにいたら可哀そうじゃんw」


 さっきの二人とは違う声。俺に聞こえるようにわざと言っているのだろう。

 俺は勢いよく顔を上げた。

 すると、そいつらのニヤニヤとした表情からが見えた。

 馬鹿にして、蔑む顔だ。

 俺は逃げ出すように走りだしていた。


 家に帰る前に何を食べたい……

 あいつらはむかつくけど、腹が減っているのは事実なのだ。


 体全体が食事を欲しているようだ。

 俺の脳裏にベーカリーまるじょうが思い浮ぶ。


 昔ながらの商店街。そこの一画にベーカリーまるじょうは立っている。

 気さくなおばちゃんが営むパン屋さんだ。

 人が良く、Eランクの俺にも優しくしてくれる。

 おばちゃんは親すら見放した俺が唯一信頼できる人だった。

 今日、学校であったことを誰かに話したい気持ちもある。


「まるじょうに寄ってくかな。」


 踵を返して、商店街の方へ歩を進めた。

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