第二話 地獄

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  ティン! ティン! ティン! ティン! ティティティン!!!!

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 謎の効果音がけたたましく鳴り響き、世界が歪んでいく……


 俺と豪鬼は世界から切り取れ、この謎の空間にやってきた。

 無機質な空間だ。

 背景は教室。

 しかし、そこに在る物に一才の生気は感じない。

 クラスメイトはもちろんのこと、豪鬼の横にいた金髪女すらも人形のように同じような動きを繰り返している。

 そんな不思議な空間の中、俺の目の前には鬼の顔をした豪鬼が静かに佇んでいた。

 意識はあるが俺も身動きは全く取れない。

 豪鬼の機嫌を損ねて殴られる時は、いつもこの時間がやってくる。


 この時間は、恐怖しか無い。

 これから豪鬼に殴られるのだ。

 俺は体感60秒の間、この世界で殴られるその瞬間が来るのをずっと待っていなくてはいけない。

 逃げる事も出来ずただただ、待つだけの時間。

 思考だけは動いている。

 今日はどのくらい痛いだろうか?

 昔に殴られて肋骨が折れた時の記憶がじわじわと蘇ってくる。

 冷や汗は出ているのか、制服はびっしょりと嫌な濡れ方をして気持ち悪い。


 まるで死刑執行を待つ死刑囚だ。 

 死刑囚も寝ている間に死刑が執行されるなら安楽死とそう変わらないだろう。

 最もつらいのはいつくるかもわからぬ死刑執行を待つ時間と聞く。この時間はその時に近いのかもしれない。

 死刑囚の気持ちはこういうものなのだろう。

 俺は何をしたわけでもない犯罪者のような扱いだ。


 ……こんな事になったのは中学生の時のある時からだ。

 そう俺の持つ忌々しい役立たずなギフト【×××】のレベルが上がった時から始まった。


 ギフト――それは10歳になった時に、天から授かる能力の事だ。

 だが、どんなギフトは授かれるかはわからない。

 授かるギフトはその後の人生を決めるといっても過言ではない。

 ギフトに応じてAからEまでの社会ランクが付与されるのだ。

 その為、変なギフトを授かった人は、その場で自殺する事や処分される事も珍しくない。


 俺の授かったギフト【×××】。名前すらわからない謎の能力だった。

 そのため、既存の範疇で適切な社会ランクを付与する事ができないとして、特別な社会ランクは特別なXクラス(観察対象)が付与された。

 もしもこのギフトが社会に有用だったのなら、ランクも高くなっただろう。

 しかし、俺がギフト得てからというもの、碌な成果は得られていない。

 このギフトの現時点でわかってる能力は、豪鬼に殴りかかられるとこんな謎の空間に閉じ込められる事だけだ。

 まさに役立たずなクソッタレギフトと言わざるを得ない。

 この能力を観察官にポロッと伝えた時に、社会とって不要な能力として扱われてしまい現在は『EX(保護対象)』が与えられている。

 これは実質Eクラス相当――つまり、最低クラスの扱いだ。


 豪鬼の【怪力】のようにわかりやすいギフトだったらどんなに良かった事か。

 そんな物思いに耽っていると、


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 ピッ、ピッ、ピッ

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 規則のある音が聞こえきた。

 これもいつもの事だ。

 まるで死刑台への一歩を歩くような気持ちだ。


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   ディン!

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 一層大きな音が鳴った。次の瞬間、豪鬼の体が俺と肉薄しており、俺の頬に目掛けて、その大きな体躯から右ストレートが繰り出された。

 勿論、回避も出来ず、その攻撃を受けてしまう。


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     テテティティー、ディン!! ティティン!!

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 壮大なオペラのような音楽が鳴り響いた。

 その音が鳴り止むとこの世界は壊れる――


 世界が再び歪み、元の世界に戻っていく。

 俺は頬に感じる強烈な痛みを感じるのが先か、身体は後ろに吹き飛ばされていく事に気がつくのが先か。何度も景色が回り、止まった。自分の席が遠くに見える事に気が付き俺は自席から数メートルは机を吹っ飛ばしながら、地面を転がったようだと理解した。

 苦い鉄の味が口一杯に広がる。

 俺はその苦いものを口から吐き出した。

 口の中の鉄の味が血だったと理解するのに時間はいらない。赤黒い液体が床を汚したのだ。


 一発殴って満足したのかニヤけ面の豪鬼は見下した視線を俺から別のクラスのやつに向かって行ってしまう。

 それを見て俺は追撃されなかった事に安堵した。体から力が抜けて目が霞んでいく。


 助けてくれる奴は誰もいない……

 このクラスは豪鬼を除いて最底辺の奴らが集まる学校の最底辺のクラスだ。

 好き好んで目立つマネをする奴がいようはずもない。


 薄れいく意識の中で、ピコンと音が鳴ったのを聞いた気がした。


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【×××】のレベルアップ条件を満たしました。

パッシブスキル【RTM】と取得しました。スキル【FPS】が60になりました。

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 そんな掠れるような無機質な機械音声は、鉄人の耳には届いていなかった。

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