第6話 筆者はこういうの好きです
意気揚々とバイト申請のための紙を手に入れたものの、就業先など何を埋めたら良いか分からない箇所が多数。マコが新聞部で足止めを食らってる間に理由などは書けたが、肝心な就業先が分からないんじゃ提出しようがない。
そうこうしてる間にマコは「今日は私は写真撮影だけだったみたいです」なんて言ってもう自宅の如く俺の部屋に上がり込んでくる。
「それで、優と藤村さんは?」
「まずは藤村さんが転校生として大々的にインタビューを受けてました。アニメの宣伝も兼ねてすぐに紙面に載せるそうですよ」
アニメ『俺モテ件』のヒロイン、まどかちゃんの声優に抜擢された藤村花音。通常の仕事に加えて学校の新聞部のインタビューにまで答えるんだから大忙しである。学校に登校するのも最低限のコマ数だけらしい。優のラブコメのヒロイン候補第一位。彼女を落とせばラブコメの主人公の座を奪還するという目標にもいち早く近づくのだろう。もっとも今回はマコには黙って攻略しなければいけない。
「それにしてもなんでいきなり新聞部のインタビューを受けてからだなんて……どうせ縁を結んでないから意味無いのに……受けましたけど……」
ぶぅと不満げに頬を膨らませる狛犬様。彼女のお社に全校生徒を呼ぶこと。全校生徒を呼ぶから縁を切らなくても良いし結んで良いのだと納得させること。そのためにも俺1人でヒロインを落とし、マコの考えを改めさせなければいけない。
マコに気づかれないようにして鞄に『就業申請書』を突っ込む。明日は藤村花音は登校するのだろうか。
夜になるとマコは狛犬姿に戻り、真幸神社へと帰る。独りぼっちのお社は寂しがり屋のマコには酷だ。けれど、マコは1匹でもお社を守り続けるのだと言って俺の部屋には泊まらない。彼女の夕飯は村の御供物。無駄にしないように、と食べている。本当はおからドーナツが好きだけど、今のところ捧げてもらったことはないらしい。今度またおからドーナツを買ってやるか。それこそ、バイトで稼いで。
次の日、藤村花音は登校してきた。昼前にはまた仕事でいなくなるそうだ。どこかで2人きりになれないかと画策してる間にあっという間に正午を過ぎ、藤村花音は去って行った。
「近づく隙が無いな」
「ですねぇ……ヒロイン候補とは言え、他の候補にも目を向けた方が良いかもしれません」
マコが同意する。他のヒロイン候補達も目立った動きはこちらからは見られなかった。もしかしたら優と連絡でも取り合ってる可能性はあるのだが……そうだ。
俺は机の中でスマホを開き、素早くコメントを優に送った。
『藤村花音の連絡先知らない?』
連絡が取れなければ取れる可能性がある人に訊けば良いのである。隣で優がチラリとスマホを眺めていた。
結果を言うなら正解であった。優は藤村花音の連絡先を知っていたし、藤村花音に許可を取って快く教えてくれた。それは想定よりも優と藤村花音の距離が近いことを示してもいたのだが。
ありがとうというスタンプを押して藤村花音に連絡を取ろうとした途端、優が続けざまに連絡をとってきた。
「ところでなんで藤村さんの連絡先を知ろうと?」
「まぁちょっと藤村さんにお願いがあって」
「お願いとは」
「まぁADのバイトしようと思って」
「AD!?アシスタントディレクターのこと?」
「そうそう」
「良いな、僕も行く」
「まじか」
そして男2人で土曜日、1日限定ADとして現場に潜り込むこととなった。マコには新聞部のインタビューを受けさせている。正直、優というラブコメの主人公を連れて行くのは失敗だったかもしれないが知られてしまった以上仕方がない。
現場での優の存在感はクラスの時と違って霞んでいた。クラスでの優は痩せて大変身した男の象徴だが、撮影現場ではただのAD。主役はあくまで芸能人、藤村花音なのだ。ほくそ笑んでいたのも束の間、早速カメラマンの女性に「君、これからもADとして働かない?」と優だけが声をかけられていた。
ADの仕事は朝早かった。始発で現場のスタジオに着くとまず、紙の束を渡された。台本らしい。それから全員分の朝ご飯としておにぎりをコンビニで買ってくるように言われ、買ってきたところ「なんでお茶が無いの!」と怒鳴られ再びコンビニへ。おにぎりを買って来いって言われただけじゃないか。
その間優が何してたかなんて覚えちゃいない。お茶を全員分買ってきたら休む暇無くスタジオの撮影機材を運ばされ、とてもじゃないが、他の芸能人にお近づきになれるような暇なんて無かった。
ようやく落ち着いたのは撮影20分前くらい。スタジオには藤村花音を含む女性声優達が続々と入ってきて挨拶をし、台本を見直したりしていた。優はカンペを出し方をレクチャーされている。藤村花音との距離が遠い。あそこにいる藤村花音と知り合いなんだぜと心の中でドヤることしかできない。と、思っていたら藤村花音がこちらに気付いたのか、小さく手を振ってくれた。可愛い。
「それではスタンバイお願いします」
声優達が収録に向けて動き出す。
番組は思ったよりも長々と撮影された。途中欠伸しそうになるのを堪えて、見守る。この長々した内容を編集で面白くするのもADやディレクターの仕事らしい。
撮影が終わると撮影機材の解体が始まり、再び慌ただしくなる。この後、また別の撮影が始まるらしいのだが、1日ADの俺らは撮影機材を片付けだけで終わり。日給5000円。本当は昼ご飯も無しの予定だったが、藤村花音のご厚意から彼女の楽屋で仕出し弁当を広げて食べられることになった。
「疲れたなぁ」
全然役に立ててなかったけど、と楽屋で優が苦笑いする。
「カンペ、大変そうだったな」
「途中見づらいだろうがって怒られた」
「俺はおにぎり買って来いって言われて買ってきたらなんでお茶がないのって言われた。そんなこと言われてねぇもん」
2人して苦笑。藤村花音が「たた大変な仕事、紹介してごめんね……!」と謝ってきて2人して慌てて否定する。
「それより、優の口調、どうして変わったんだ?」
俺は素朴な疑問を口にする。奇跡が起きて頭を打ったからなのか、それとも優の意識的なものなのか。優は困ったように笑う。
「口調って……うーん、気持ち的には俺モテ件のまどかちゃん役の藤村さんが転校してきたから不快な思いをさせないよう気を遣ってはいるけど」
「なるほど」
「え!え!えと!わわ私のために……?」
藤村さんが驚き照れたような顔をする。ときめくところおかしいだろ。これがラブコメマジックか。
「優は『まどかちゃん』の大ファンだもんな!」
まどかちゃん、の部分を思いっきり強調してやる。
「うん」
「あ、あ、まままどかちゃんの!ですよねっ」
どうだ、フラグを折ってやったぞ。2人の青春を踏みつけているようで心苦しい。ぐぬぅ。
「俺は藤村さんのファンだけど」
「……」
サラリ、と口説いてみるが、見事にスルーを食らう。ファンサは無いのか、ファンサは。
「ああああの!」
藤村花音が優に向かって何かを言おうとした。
「ななな何?」
そういや優も俺と話してたから吃らなかっただけで、女の子と話すときは必ず吃るんだった。吃る同士お似合いじゃないか。俺何してんだろ。
悲しくなってきた時、コンコン、と控え室のドアをノックする音がした。
「花音ー!そろそろメイク直すから食べ終えたから言って!」
「わわわ!はーい!」
藤村花音が慌てて弁当を食べ切る。食べる姿も愛らしい。
「じゃ、俺らはこの辺で」
俺は優を促し、弁当のゴミをまとめると控え室から出て行く。このままだと2人のラブコメの進展を黙って見守りそうだった。危ない。
結局、藤村花音に近づくこともできず、優のラブコメの進展を少し進展させかけるモブになってしまった。何してんだ。
控え室から出た後は暇となり、受付から出て、優と2人で観光客okな館内をぶらつく。館内は観光客向けなこともあって番組をテーマにした展示や撮影スポットなどが並んでいた。折角だから、と優に言われ、男2人で写真を撮ってみたりして雰囲気を楽しむ。1日、いや、半日程度だけども苦労を分かち合ったからかヤケに2人ともテンション高くなった。
「なんか嬉しいな」
優がポツリと呟いた。
「何が」
「最近、真守と全然話せてなかったから」
言われてみれば久々に一日中2人でつるんでる日だった。
不意に俺も嬉しいことに気づき照れ隠しする。
「お前、急に変わり過ぎなんだよ」
「そんなに変わったかな」
「ござる口調結構好きだったんだけどな」
「じゃ、真守の前では元のままで行くでござる」
にぃっと優が変わらない笑みを浮かべる。どの口調だろうと優はやっぱり良い奴で。
「……ほんとうざいわ」
「酷過ぎぬか!?」
優が声をあげて笑う。あぁラブコメの主人公らしいや。悔しいけども今回は完敗である。ラブコメの主人公の座の奪い合い。クラスで離れていようが、優自身が知らなかろうが、俺と優とは駆け引きゲームをしていたのだった。真幸祭まではラブコメの主人公の座を奪ってやるからな。
月曜日、藤村花音は昼前に登校してきた。仕事の合間を縫って学業に励むんだから素直に凄い。感心してると、藤村花音から弁当を持って俺ら、俺と優の席のちょうど真ん中に来た。隣でマコが目を丸くして見つめている。
「ええと、あああの」
その言葉の先を俺は知っていた。多分本命は隣なんだろうけど2人きりはさせない。
「昼ご飯、また一緒に食べようぜ」
「う、うん!」
ちらり、と優の方に藤村花音が視線を向けた。優がにこりと笑う。
「僕もよければ」
「じゃ、『また』準備室に行こう」
さりげなく俺とマコしか知らない情報で優へマウントを取る。まどかちゃんに夢中な優には意味のないマウント。でも、少しずつ少しずつで良い。流れを俺に引き寄せてやる。
マコ、俺、藤村花音、優が音楽準備室へと足を向ける。
廊下で新聞部の記事が貼られていた。内容はマコについて。でも誰も話題にしない。記事を書いた新聞部の部員でさえ注目していないようだった。せめて、この記事が無くなるまでにマコがクラスメイトと縁を結べますように。
俺はひっそりと心の中で真幸神社に向かって祈った。あそこに神がいないことくらいもう知ってるけどな。
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