第8話 江波莉子

 どう見ても女子生徒とキスする直前のような光景。そりゃそうだ、マコと壁ドンに顎クイにと練習していたのだから。もっとも見られた相手が最悪なのだが。

「あ、し、失礼したわね!」

 本当にやるつもりだった相手、江波莉子が顔を真っ赤にして謝ってくる。

「ま、待て誤解だ!」

「大丈夫!あんた達二人のことは黙っておくから!」

「違うそうじゃない!」

 俺が慌てて否定しようとするが、マコは何故かぽかんとした顔をしている。早くお前も否定しろ。

「な、マコ?」

 俺が尋ねるとマコは不思議そうに江波莉子に言葉を向けた。

「……今、あんた達“二人”って言いました?」



 何を言っているのか分からず壁ドン状態のまま動けなくなった俺の腕の中からするりとマコは抜け出す。

「質問です。私のこと認識してます?」

「え?えぇ……だって転校初日に神楽鈴を持って舞ってるだなんて印象に残るわよ……名前だってカミツカイアギョウとか名乗ってるし。狛犬じゃないんだから……みんなどうして話題にしないのか戸惑ったくらい」

「有り得ないです」

 何が。

「江波莉子とは縁を結んでないんです。だから私のことを転校した時から私のことなんて本来認知しないはず。なのに認識してる……」

 なるほど。この縁結びの狛犬様、マコは意図的に縁を結ばなければ相手に認知されないという特徴を持つ。だから縁を結んでないはずの江波莉子がマコを認知しないはずなのだ。故に『あんた達“二人”』という発言に違和感を覚えたということだろう。そしてビンゴだった、と。

 訳のわからなさそうな江波莉子にマコは詰め寄る。

「まさか神籍筋ですか?それともどこか上の神様の信者とか!」

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ?……一応、先祖代々そこの神社で神主や巫女を務めてきたけどそれが何か?」

「なるほど……!」

 マコが合点のいったような顔で頷く。さらに混乱して動揺してる江波莉子に俺はこれまでのことをかいつまんで話すこととした。



「つまり、ここにいる女の子はただの女の子じゃなくて狛犬様の擬人化である、と」

「まぁそういうことだ」

「で、どうして壁ドンをすれば私が落とせるという発想になったわけ」

「いや勢いで……」

「バッカじゃないの」

 心底軽蔑したような声。ツンデレのそれじゃない。うっ、と唸りながらも俺は言い返す。

「実はマコに内緒で一度藤村花音を落とそうとしたんだけど」

「そうなんですか?」

「いやまぁ……ははは、それがラブコメの奇跡パワー?というのかな?が凄過ぎて全然藤村花音がなびいてくれなくて」

「まぁ芸能人だもの。ちょっとやそっとのアタックなんて慣れっこでしょう。まさかその一回で諦めたとか?」

「そんなことはない!……が、攻めあぐねてるのは確か」

「ふぅん」

 少し江波莉子が考え込む。

「なんで言ってくれなかったんですか!」

「いや俺でもできるところ見せた方が良いかなって……」

「意味がわかりません」

 もう、と怒るマコに何も言えなくなる。相談しないで失敗したのは俺だ。言えることなんてない。

「1つ提案があるんだけど」

「もしかして協力してくれるのか?」

「一応代々神様に仕えてる家系だしね。将来の神様に仕えるのも私の役目かなって。で、提案」

「あ、あぁ」

「あえてアンタは何もしないこと、良い?」

「え?」



 江波莉子の作戦はこうだ。藤村花音が今現在優になびいてるのはクラスメイトからの評価の高さがあるに違いない。つまり、みんなが良いと言う男だから優のことが良く見えてる、と。特に芸能人であるが故に評価には流され易くその傾向が顕著に出ている可能性があるそう。それなら話は簡単である。藤村花音のそばにマコと江波莉子がひっついて俺のことを褒めあげれば良い。藤村花音自体、学校に来る暇もそこまで無いし、身近な人の言う評価の方が耳に入ってきやすい。きっと容易く落とせるだろう、ということだった。

「特にマコの縁結びの特徴は良いわ。藤村花音に認知されずに褒め言葉だけを無意識下に刻み込むことができる。もっともこの作戦は長期にわたる可能性があるのと私がアンタのことを好きだと勘違いされるリスクもあるけど。どう?やる?」

「あ、あぁ!」

「やってみます!」

「それじゃ、まずは藤村花音と私の接点を作らなきゃね」

「あ、それなんだがな、昼休みに優とマコと藤村さんと俺の4人でご飯を食べてる。そこに加わるのはどうだ?」

「良いじゃない!」



 次の日の昼休み、早速作戦は決行された。俺がひたすら女子に褒め上げられ続けるのは非常に恥ずかしかった。おまけに優も嬉しそうにニコニコして俺のことを褒めてくるし何の羞恥プレイをされてるんだって感じだった。江波莉子の褒め言葉は「顔も普通だしこんなに普通が揃ってる良い物件、なかなかないわよ」などと褒め言葉かどうか若干怪しいのも混ざっていたが。

 これがずっと続くのは少し辛いと感じていた時だった。藤村花音の熱い視線が俺に突き刺さるのを感じた。いや、ちょろくないか。

「真守さんって結構いろんな人に好かれてるんですね……!」

 藤村花音、陥落。リベンジ戦、俺は何もせずして勝利。

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