第3話 居酒屋のお通しの美味さを僕達はまだ知らない
とうとうラブコメの主人公になれたらしい。俺ではなく、隣の席の男、優が。その事実は案外すんなりと受け入れることができた。まぁ元々棚ぼたみたいな話だったし、優は良い奴だからちょっと報われてほしかった。問題はそれを良しとしないこの狛犬様である。
放課後、いつもなら優と帰っている道を狛犬女と歩く。周囲は俺らが一緒に歩いている様子を当然のように受け止めていた。まるで狛犬女が誰といようと一切の関心が無いようだ。
「良いですか、あなたにはラブコメの主人公の座を掠め取ってもらわなければならないのです」
「別に良いじゃねぇか、何も掠め取らなくたって」
ラブコメ。ラブコメディ。ロマンティック・コメディ。それはコメディー風の青春恋愛ものの少年少女漫画やテレビドラマを指す。つまり何も掠め取る必要なんて無い。自分が何とか青春らしい恋愛さえできれば良いのである。
「それではダメなのです!」
狛犬女は俺の心を読んだかのように言葉を続ける。
「八百万の神々様が出したお題は私の力によって信者の願いを一つ叶えること。故にあなた自身が自力でラブコメの主人公になっても私の成果にはなりません。そうなれば神様に昇格することもできなくなっちゃいます」
「あーなるほど」
神様達の世界も何かとややこしいらしい。つまりあれか、俺が自力でラブコメの主人公になれたとしても狛犬女にとっては試験のカンニングみたいな扱いをされてしまうのだろう。神様みたいな超常的な存在に誤魔化しなんて効かなさそうだし、つまりは、俺が優のラブコメの主人公の座を奪わなければ狛犬女は困るわけだ。
「ところで、さっきから誰もこっちを見ない気がするんだが」
「あぁ、彼らとはまだ縁を結んでいませんから」
「縁って」
「人の縁って結ぶことも切ることも結ばないこともできるので、私のことはクラスメイトの人達もぼんやりとしか記憶に無いんですよ。注目だってしていません」
「へぇ」
「御幸神社は縁結びの神様でもありますから」
えへん、と何だか誇らしげに胸を張る狛犬女。
狛犬とはいえ見た目可愛らしい女子と会話を楽しんでいる間にいつの間にか最寄駅へと到着する。さ
「腹減ったな……おからドーナツでも買ってくか」
「おからドーナツ?」
「供えてもらったことないのか」
「いつも採れたての野菜とかなら供えてもらってるんですけど」
「じゃあ食べてみるか?」
「はい!」
狛犬女の耳がぴこぴこと動く。
「ん〜〜!」
駅目の前のおからドーナツを買って食べ歩く。我が田舎町の名産物に狛犬女は頬を綻ばせている。地元で他に特徴的なものがあるとするなら和紙だったり日本酒だったりとか。周囲は山々に囲まれていて観光地という煌びやかさは無い。
「美味しいです!」
「そりゃよかった」
俺にしては食べ慣れた味だが彼女にとってみれば感動ものだったらしい。てくてくと二人して歩いていると目の前から嫌な影。逃れようとするも既に視線でロックオンされており、諦めることにした。
「……ばあちゃん、ただいま」
「真守、隣に可愛い女の子連れてきちゃって、まぁまぁ」
縁を結んでないから誰も俺らに注目しないんじゃなかったのか。狛犬女を恨めしげに見つめるが、彼女は嬉しそうに笑ってばあちゃんの元へと犬の如く駆け出した。
「ウメさぁぁあん!」
「あら、私の知り合いだったかしら」
おかしいわ、とばあちゃんが首を傾げる。狛犬女はばあちゃんにそのまま抱き着くと笑った。
「ナイショです!」
「そう言われると気になるけど……でも確かになんだか知っているような気がするわ」
そりゃそうだろう。真幸神社に足繁く通っていたのだから。……あぁ、そうか、足繁く通っていたから二人の縁はとっくに結ばれていたのか。だから狛犬女の存在に気づいたわけだ。そしてその縁を切っていなかったと。
一人で答えを叩き出し納得しているとばあちゃんは顔だけこっちを向いた。手は狛犬女の頭を撫でている。
「この子の名前を教えてちょうだい」
「名前……そういえば聞いてなかった」
そもそも狛犬に名前なんてあるのだろうか。朝の時点の自己紹介では何と名乗ったのだろうか。
「なんで知らないの。まぁいいわ、あなた、名前は?」
「えぇっと……アギョウです」
「アギョウさん?」
ちょっと名前偽るにしても無理があるだろう。もう少し無かったのか。
「はい」
照れたように笑う狛犬女。
「アギョウ……アギョウさんねぇ、そんな人知り合いにいたかしら。こんな可愛い子、絶対に忘れないと思うけれど。まぁいいわ」
良いんだ。まじか。
「で、真守、ばあちゃんはこの後来年の真幸祭に向けて話し合いをしに行かなくちゃいけない。そこで真幸神社にこれを供えてきてちょうだい」
出た、今日のミッション。ばあちゃんの手には地酒が握られている。まぁ狛犬女を神社まで送るついでに捧げとけばいいか。捧げられる神様は既にそこにはいないとのことだけど。
「あれ、もしかして真幸神社に向かってます?」
ばあちゃんと別れて数分後、狛犬女はきょとんとした顔でこちらを見た。
「え、真幸神社に帰るんでしょ?このお酒も供えなきゃだし」
「あ、いえ、それはそうなんですけど……」
ごにょごにょ。やや間が空いてハッとしたような顔をした後、ドヤ顔になる。
「光栄に思うのです!あなたの部屋は私のホームステイ先に選ばれたのです!」
「つまりは俺の部屋に泊まる気だと?」
「……神様もいない、ウンギョウもいないあのお社で寝るのはちょっと寂しさ的に限界がありまして……」
「ウンギョウ」
「もう1匹の狛犬のことです。神様がいらっしゃらなくなってから神様を探すと言ってどこかに行っちゃいました」
アギョウ、ウンギョウ。もしやさっき名乗っていたアギョウというのは偽名でもなく本名だったのか。
「アギョウって本当に名前だったのな」
「正確には違いますけどね。狛犬のうち口を開いたままなのがアギョウ、口を閉じているのがウギョウと呼ばれるだけで人間みたいに固有の名前がついてるわけじゃないんです」
「ふぅん……」
ともかくアギョウは俺の部屋に泊まりたいらしい。俺はともかく両親がどう言うかである。正直冷やかされそうで怖くて堪らないが。
「これから学校に通うつもりなら流石に何かしら普通の固有名詞があった方が良い気がするけどな。縁でどうにかするにも限界があるだろ」
「確かに……じゃあ名付けてくださいよ」
「あー……狛犬のコマ」
「コマって玩具じゃないですか!」
「コマ、こま?あぁ独楽ね。確かに玩具だ」
「一人でに回ってるだけみたいじゃないですか!」
いやまぁこの落ち着きの無さ、まさに独楽のようではあるのだが。
「とにかく独楽は嫌ですからね!」
「……じゃあマコで」
「それなら良いです」
良いのか。コマを逆にしただけだけど。
「じゃあ、改めて宜しくな、コマ」
「マコですーっ!」
マコが頬を膨らませてそっぽを向く。
「日本酒だって神社に供えたところで私が一人寂しく飲むだけなのであなたの部屋で飲みましょう!」
これは少ししてご機嫌が戻ったマコ。
「おい、一応高校生」
「でも何百年と生きてますしとっくに成年は達していますーっ。この日本酒、私好きなんですよねぇ、ウメさん最高!」
見た目からしても幼女だしアウトな気配しかしないが良いのか。まぁ良いのか。
「お帰り〜」
両親とは縁を結んでいなかったらしく、マコには見向きもしなかった。俺にだけお帰りと声をかけるだけ。なるほど、信心深さが元狛犬に気づくかどうかで分かるのか。
部屋に入るなり、俺のベッドに寝そべって彼女は叫んだ。
「ふかふか!!!極楽浄土だ!!!」
そりゃあの寂れた神社のどこでいつも寝ていたのか分からないがそんなところと比べたらここは天国だろう。蟻が出るけど。蚊もいるけど。まぁそれは神社も同じか。
なんとなく可哀想になり、よしよし、と頭を撫でてやると気持ち良さそうに目をすぼめている。
「じゃあ俺、コップ取ってくるから」
「?そのまま一気に飲みますよ?」
「万が一零されたら困るでしょ。ここは野外じゃないんだし」
「分かりました」
大人しくベッドの上で正座するマコを背に俺はリビングへと足を運んだ。
「ふぁー!美味しいー!」
待望の日本酒を口にし、彼女は嬉しそうに声をあげる。
「今日は素敵な日です。ちょーっと失敗はしちゃいましたけど、おからドーナツという極上の食べ物も知れましたし、ひとりでちびちび飲むのも良いですがやっぱり誰かと飲む方が良いです。あ、真守さんは飲めてないですけど」
相変わらずご機嫌なマコ。
「……なぁ、やっぱりラブコメの主人公の座、優のままじゃダメか?」
「なんでですか?」
「俺が願ったこととはいえ、優は変わってるけど良い奴だし、昔、デブ、ブタゴリラとか言われていじめられていて。だから俺、アイツが幸せになってほしいと思ってたのも本音で」
「な、なんていうことを……そんなことを人に言うのも許せませんが、悪口に使われる豚もゴリラも可哀想です!醜い人の子め、ですっ!」
「何目線だ」
「狛犬目線ですーっ」
少しコミカルで笑ってしまう。
「な?だから俺の願い的にもある意味叶ってるんだよ」
「とはいえ、八百万の神様達には私の力で真守さんをラブコメの主人公にする、と言ってしまいましたし」
「そうそう、それなんだけど、俺と君でどうかなー……なんちゃって」
「狛犬でいようと神様になろうと人の子と結ばれることはありません。神格を剥奪されてしまいます」
若干冗談混じりで言ったのに真剣に返されてしまい恥ずかしくなる。まぁそう事は上手く運ぶわけないか。残念。
しかしまぁ面倒なことになった。ラブコメの主人公の座にする奇跡とやらがどれだけのものかは分からないがそれを奪わなければならないらしい。それも俺に奇跡を使えるのはもう二度とない、と。つまりは自力で主人公の座を奪わなければいけない。
「しかしどうやって主人公の座なんて奪えば良いんだ……?」
「そこですよ!」
ピシッと彼女は俺を指差した。
「作戦会議です!」
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