第4話 悲しい時は美味しい物を食べれば良いと偉い人は言いました
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず、ですよ!」
ということで優についてノートに書き出してみた。
•穏やか
•優しい性格
•独特な口調(ただし、奇跡のためか口調は普通に)
•ふくよかな体型
•アニオタ
•いじめられ経験
•日陰者
•女子と話せない、話そうとすると吃ってしまう
•『俺モテ件』のまどかちゃん大好き
「……と、ザックリとこんな感じかな」
「ふむふむ、中身特化型というわけですね」
中身特化型。なかなか良い表現をする。
ラブコメの主人公の座を掠め取らなければならない。ならば、ラブコメの主人公が攻略するであろうヒロイン達を先取りして攻略してしまえば良い。ということはヒロインになる候補を優の好みから、優を出し抜くために俺の良いところを考えなければならないのだが……
「次に真守さんの良いところについてですが……」
「俺か?うーん……自分で言うのもあれだが見た目もそこそこ」
「ありませんね」
「慈悲も容赦もねぇな!?」
「仕方ないじゃないですかー、願望は1つで収まらず、コロコロと変わって気分屋、保健の先生とお近づきになりたいなんて祈った次の日には江波さん?という方を犯したい、なんて祈ってる」
「うわぁぁあやめてくれ殺してくれぇえ」
最悪だ。醜い欲望まで全部知られているんだった。神様の前では敬虔であれ、なんていう人がいるが、本当にみんなは敬虔であってほしい。欲望筒抜けということだぞ。
けらけらと笑うマコの頬はほんのりとアルコールで赤く染まっている。コップを取りに行った数秒の間に早着替えで着物に着替えていた彼女。着物と日本酒の組み合わせは大変目の保養だった。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。……そのはずだった。優がまさかあの後意識不明で数日間休まなければ、である。
クラスメイトというのは薄情なもので、クラスの陽キャ、大槻がちょっと足を擦りむいて怪我しただけで過剰に心配したくせに、陰キャの優が休もうと噂になる程度で誰も心配する素振りさえ見せなかった。
が、後日、復帰した優がクラスに戻ってくるとクラスは色めきたった。そこには見たこともない男がいた。
「あんなに苦労したはずなのに簡単に痩せちゃって……」
あはは、と恥ずかしげに俺に照れて話しかけてくる優。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、としてメモした大部分が消滅した。何だこれ。
「よ、良かったな……」
ただのイケメンじゃねぇか。痩せてしかもなんかちょっと髪もキメてる。
「ゆ、優くん、だよね……?」
恐る恐るといった感じで女子達が優に話しかけてくる。苗字ではなく、名前で呼んでるあたり気になる。
「ううううううん……」
優は吃りながらもなんとか返事をしていた。良かった、女子の前では吃るのも変わってない。これなら何とかラブコメの主人公の座も奪還できるはずーー
「キャー!可愛い〜!」
ウッソだろおい!?見た目が変わっただけで吃るのもキモいから可愛いになるのかよ!?
俺が心の中で突っ込んでると、トドメのように江波が呟いた。
「し、心配したんだからねっ」
痩せてからの優のモテっぷりはまぁ凄かった。クラス一の陽キャ、大槻とも仲良くなってるし、女子の間ではウブなイケメンとして持て囃される一方。これでは誰がヒロイン候補なのか分からなくなってくる。ヒロイン候補が分からないということは主人公の座を奪還するために誰を先回りして攻略すれば良いかも分からないということだ。
はーあ、と隣の席で溜息をついた時だった。
「あの、まどかちゃん推しって本当ですか」
聴き覚えのある、可愛らしい声がした。……藤村花音。優の最推し、まどかちゃんを担当する実力派声優。
「あわわわわわわ……」
優が返事できずに慌てふためいている。また奇声をあげて倒れるんじゃないか。そして奇跡は俺という正当な受け手に……なんて甘い話は無いか。
「まどかちゃんのどこが素敵ですか、まどかちゃんの何を表現したら1番刺さりますか」
グイグイ、と藤村花音は優に差し迫る。まどかちゃん、と言われ、優の目はキラリと光った。
「そりゃ勿論まどかちゃんといえば純真さでござる!無垢さ!何より暗い中で照らす一筋の光で……」
あ、まどかちゃんについて語ると口調も元に戻るのか。ほう。
藤村花音の方を見ると彼女は熱心そうに頷いている。(まどかちゃんについて限定だけど)優が吃らずに話せる相手。優のござる口調に引かない女子。間違いない、ヒロイン候補筆頭だ、藤村花音は。
「ねぇ、さっき、優と話してたでしょ」
「ごめんなさい!!!」
休み時間、藤村花音が1人になるのを見計らって俺が話しかけると藤村花音は一言謝り走り去った。嘘だろ……。
こうなったら優の親友ポジで藤村花音の様子を伺うしかない。とは思うものの、クラス一の陽キャ、大槻が最近優のそばにいて容易に近づけない。陰キャは陽キャに近づけないのだ。というか優自身も陽キャの仲間入りしていて隣の席なのに話しかけづらい。
「なぁ、コマ〜」
「マコです!」
もう、と頬を膨らませるマコが可愛い。放課後、2人で宿題を片付けている。これぞ、青春な気がする。相手、狛犬だけど。
「これも分からないです、これも……」
マコは数学が壊滅的に苦手らしくすぐに頼ってくる。一方で国語と社会、特に歴史は簡単そのものらしい。英語はアルファベットさえ分かっていなかった。
誰に見られても気にしなくても良いというのは楽だ。マコは誰とも縁を結んでいないそうだから誰も注目しないし俺は噂を立てられる心配をしなくても良い。……けど。
「寂しくないか?」
「何ですか、急に」
「いや、前に、誰もいないお社は寂しくて、みたいな話してたから」
「寂しかったですよ、ずっと」
「クラスメイトの誰にも注目してもらえなくて寂しくないのか」
「うーん……どうせ神様になった時に信者以外の縁は切らないといけないんです。だから今縁を結んじゃうとかえって寂しくなるなって」
「信者しか縁を結ばないなんて神様は冷淡なんだな」
「そうじゃなきゃ神様でいられないんです。……んー、この問題難しい!」
気にしてないかのような声。けれどその顔は何だか寂しく見えた。でもこの綺麗な横顔も俺が独占してると思うと妙に心が弾むのが分かった。
「よし、じゃあ帰るぞ、コマ」
「マコです〜っ」
ふん、とそっぽを向くマコ。
「もうしつこいですよ!」
「悪い悪い、コマ」
「もう……っ、優くんはマコってちゃんと呼んでくれるのに」
「は?」
お前、クラスメイトの誰とも縁を結んでないんじゃなかったのか。
「優くんは小さい頃にうちの社に参拝してくれたことがあるんですよ」
ふふん、とマコが笑う。つまらない。
「悪かったな、俺は捻くれてて」
「別にそこまで言ってないじゃないですか!」
「あぁあぁ言ってねぇよ」
「じゃあ何で怒ってるんですか!」
「怒ってねぇよ」
自分でもなんでムカムカしてるのか分からない。優が突然遠い存在になったから?俺だけの存在と思ってたマコがそうでもなかったから?
「もう知りません!」
ふんっとマコは怒って立ち上がる。
「待てよ、コマ」
「バカ真守」
そのまま鞄を持って彼女は駆け出す。俺はその背を見送ることしかできなかった。
マコの席に宿題を突っ込み、荷物をまとめると廊下に出る。と、江波の声が近くからした。思わず隠れて様子を見守ると江波の近くには優が立っている。
「な、何よ、これは勉強!そう、勉強なの!」
絶対に勉強じゃねぇだろうな、と思わせるだけの焦りっぷり。江波の机の上には男性向け週刊誌が置かれていた。
「ずず随分と卑猥な勉強をしてるんだね……」
「うるさいっ!」
優は悪意無く言ったのだろうが、江波にとっては致命傷だったようで涙目になっている。
「ごごごめん、誰にも、言わないから……」
「当たり前でしょ!」
「はいい……」
名前の如く優しい優は吃りながらも江波を慰め始める。誰にも言わないから。でも興味あるよね。そっか、他の男子達が校則違反で持って来ていたから取り上げてチェックしてただけなんだね……。
男の俺でも優しさに惚れてしまいそうになる。優しくて、ラブコメの主人公になったからか、イケメンで俺とは程遠くなってしまった存在。
「じゃなかった」
そうだ、今考えるべきはそれじゃない。これでヒロイン候補がまたできたわけだ。江波莉子。保健室の先生も合わせるなら既に目立つヒロイン候補が3人もいる。一体誰から攻略すれば良いのか。
「なぁ、マコ――」
思わず声をかけるがそこには誰もいない。
あれから数日、マコは学校に来なかった。マコが学校に来なくても誰も気にしていなかった。いや優だけがほんの少し違和感を覚えたのか、放課後、俺に話しかけてきた。久々の会話だった。
「真守、確か最近誰かと一緒だったよね?」
「あ、ぁあ、うん」
「名前呼んでた記憶あるんだけど忘れちゃって」
「そうか……」
マコの寂しげな顔が頭に染み付いて離れない。
その日は雨だった。ザーザー降りの雨。お社にいるとするならきっと寒いことだろう。石像のまま雨に晒されているのだろうか。
「真守くん……!」
突然、『俺モテ件』のまどかちゃんの声がした。声優、藤村花音。
「ああああの時はごめんね……、わ、私、人見知り、で、逃げちゃった……」
最後消え入るような声になる。優が異性に緊張して吃るように彼女も人見知りで吃ってしまうのだろう。いいよいいよ、と笑うとホッとしたように藤村花音が立ち去る。遠くの席では江波莉子が女友達に勉強を教えている。面倒見の良いことだ。保健室のドジな先生はヒロイン候補から外れたのだろうか。
本当は誰でも良いから攻略してマコの役に早く立った方が良いのかもしれない。こんな物思いに耽る時間があるなら尚更だ。……けど、今の俺は。
タオルと傘を持ちお社までの暗い道を慎重に進む。暗い森は本来危険だ。野生の動物が出て襲いかかってくるかもしれないし、石でできた階段が泥まみれとなり、いつ転げ落ちてもおかしくない。実際、運動靴が狭い石段のところからはみ出て滑りそうになり何度か足を踏ん張った。
そうして辿り着いた見慣れた風景。倒れかけの鳥居は今回の雨にも何とか踏ん張って耐えている。その先に二対でいるはずの狛犬が一匹だけしかおらず、雨に打たれていた。口を開けたまま雨水を受け入れてしまっている。口を閉じた狛犬は確かに言われてみればどこにもいない。一匹だけの狛犬は孤独でどこかマコの顔と重なった。
「帰るぞ……」
石像に話しかけるも反応は無い。まるでこれまでのことが化かされていただけのようだ。自称狛犬のマコ。……あぁそうだ。
「帰るぞ……っ、マコ」
「わかればいいのです、わかれば」
マコの声が石像からした。と、思った瞬間、石像がキラキラと輝き始め、一瞬にしてマコの形をしていた。
「もうっ、一体何日待てば良いんですか」
「ごめん、マコ」
「宜しい」
俺がタオルを手渡すと、マコはタオルで髪をくしゃくしゃと拭きながら笑う。無邪気な顔は人間の女子そのもので不覚にもドキリとした。
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