第5話 女子の手作り弁当の実態は大体母親の手作り

 さて、優のヒロイン探し&攻略である。

 第一候補は何と言っても藤村花音。アニメ『俺モテ件』のまどかちゃんを演じる、話題の新人声優。小柄なスタイルはさながらまどかちゃんの生き写し。人前では緊張してしまうというギャップがあるのも萌えポイント。写真集、買いました。

 第二候補は江波莉子。セミロングの茶色い髪は地毛だそう。美人ではあるのだがなにぶん気が強い。風紀委員らしいが、男性誌に興味あり?詳しくは第四話をチェック。

 第三候補はいるとするなら倉松先生。倉松えみり。保健室で優と何かあったらしい。1番簡単に話しかけやすいが、ラブコメの主人公になるという奇跡でも起きない限り1番落としづらい人。日本人にはまず有り得ない美ボディは難攻不落である。……さて、誰から攻略するか。

 平常時ならあまりにもくだらない考えを真剣そのものになって考えている。

 朝礼前、騒つく教室。今日も優は大槻に絡まれてる。ござる口調が消え、痩せた優はちょっとしたエンターテイナー。

「こんにちはー!新聞部でーす!」

 突然明るい声がしたかと思うと、クラスの前の方で別クラスの女子が高らかにカメラを掲げていた。

「私、新聞部部長の田中愛でーす!転校生が2名も入ったクラス、突然の変貌を遂げた優氏に放課後、インタビューしたいと思っています!」

 勢いに全員押されてぽかんとなる。瓶底メガネにある意味似合う、強烈な個性。田中愛は教卓の前で訴えた。

「ということで転校生2名に優さんは放課後新聞部に来ていただけませんでしょうか!」



 彼女はそれだけ言い終えると、教室から風の如く消えて行った。

 わざわざ大勢の前で言ったということは実は転校生2名または優のうちの誰かしらを特定できなかったんじゃないか。恐らくはこの俺の席の近くで「何ですか、あれ」って呟いてるマコのことが。

 なぜそう思うのかと問われれば彼女が縁を司る真幸神社の狛犬様で、優との淡い縁を除き、クラスメイトの誰とも縁を結んでいないからである。

 縁を結ばないとどうなるか。単純に見えていて話したりしても記憶に残らなかったり認知されづらかったり、要は『空気』になるらしい。

「噂では聞いていたが……新聞部って言って学校のニュースをまとめたりする部活だな」

 マコに簡単に説明する。マコが「部活……?」と首を傾げたのでこれも噛み砕いて何とか説明。説明している間にホームルーム開始の鐘が鳴り、説明は中途半端になってしまった。が、あの納得のいった顔なら大丈夫だろう。



 昼休み。いつもなら優と食べていたのだが、優は相変わらず、大槻達に誘われて断れずに大集団の中で弁当を広げている。毎度のことなのに誘われるたび俺に申し訳なさそうな顔をするのが段々腹立ってくる。もう陽キャの仲間入りしたに等しい優。陰キャの俺を憐れんでいるようだ。

 そういえば転校当初、騒がれていた藤村花音は人見知りを発揮し続けてクラスの端でぽつんと佇むようになっていた。昼休みはひとりでにふらふらとどこかへ消えていく。今日もひとりでに教室を出て行こうとしてる。優のラブコメのヒロイン第一候補。近づいておいて損は無い。マコと視線を合わせる。マコがこくんと頷いた。



 彼女の後を怪しまれずに追う。それは大変気を遣った。彼女自身が美少女なので他クラスの生徒からの視線も浴びていたし、その観衆の目をすり抜ける必要があったし、後ろをついていることがバレようものならファンによるストーカー行為と断罪されかねなかった。

 マコと話してるフリして時々姿を失いかけて数分後、そこは音楽室だった。音楽室の中にある、準備室へと藤村花音は姿を消す。

「準備室で何してんだ……?」

「行きましょう!」

 マコに背中を押され、俺も音楽準備室のドアノブへと手をかける。



「ひゃああ!?」

 俺らが音楽準備室のドアを開けた途端、腰を抜かす藤村花音の姿がそこにはあった。腰まで抜かすから背後にあった楽器達まで驚きの声をあげた。

「悪い」

「あああのですね、これは……!」

 説明されなくてもわかる。藤村花音の手にはお弁当箱。一人でご飯をここで食べていたに違いない。

「せ、先生に、許可を取って……」

 本来、音楽の先生が音楽の授業の準備をするためにある、音楽準備室。そこは藤村花音の休息場ともなっていた。

「藤村さんならクラスメイトからご飯に誘われなかった?」

 人前で吃りがち口調とはいえ、見た目は美少女。オマケに声優をしていてちょっとした有名人だとクラスメイトの女子達が放っておかなかったと思うのだが。

 すると、藤村花音は俯いた。

「わ、私ダメなんです。仕事の、こ、ことになると、周りが見えなくなって、き、き、緊張せずに話せているんですけど、も、もう、ごめんなさい!」

「い、いや……」

 急に謝られると困ってしまう。何か会話を続けないと……そうだ。

「それで、放課後の新聞部のインタビューってやつは受けるの?」

「し、仕事の宣伝になるので受けますっ」

 仕事熱心なことだ。

 彼女は恐る恐る、といった感じでさらに言葉を紡いだ。

「あの、俺モテ件って聞いたことありますか……?」

 聞いたことがあるも何もその作品のファンである。

「あぁ。全員良いキャラしてるよな」

「ですよね!私、台本貰って初めて作品読み込んだんですけど私、実はまどかちゃん演じることになっていて」

 知ってる。

「あぁこんな華奢で華やかなキャラを演じるんだと思うとワクワクが止まらなくて優さんがまどかちゃんのファンだと聞いてすっ飛んでいっちゃって」

 随分と流暢。優の女バージョンを見ているようである。好きなものに関することとなると途端に早口で流暢となる。優の場合はさらにござる口調になるけど。

 あはは、と笑って同意を示すと目をキラキラにして藤村花音は恥ずかしそうに顔を赤くして視線を逸らす。

「す、すみません……。ゆゆゆ優さんから、その、俺モテ件好きだよと聞いていた、ので……」

 ナイスアシスト、優。お陰で藤村花音のレアな姿を見られた。

「そか。ところでご飯食べないの?」

「た、食べます」

「良ければ一緒に食べて良い?」

「ふぇ!?……わ、私なんかで良ければ」

 藤村花音が照れたように笑う。可愛い。



 藤村花音の弁当は母親の手作りだった。話を聞くと、仕事のために母親と上京してきたらしい。それまでは青森からわざわざ東京まで通っていたらしいのだが、レギュラーの仕事が増え、ダメ押しとばかりに俺モテ件の声優の話まで降ってきたので引っ越しを決意したのだとか。

「今度、仕事の見学したいな〜」

「えぇ!?うーん、ADとかならもしかしたら人手が不足してるみたいだしバイトみたいな形で見学できる、かも」

 俺モテ件のアニメ化現場を見てみたい。その欲望が叶えられると知って俺は内心小躍りした。しかも藤村花音の知り合いとして見学できるのである。他の声優さんともお近づきになれるかもしれない。



 食事を終えると藤村花音は徐に発声練習を始めた。なるほど、音楽室内にある音楽準備室なら声を出しても響かないし目立たない。俺らはその練習を邪魔しないようそっと出て行った。



「マコはインタビュー受けるの?」

「新聞部の、ですか?」

「そうそう」

「受けませんよ」

「縁が生まれちゃうから?」

「というより受けても忘れ去られて多分、紙面に載りません。載ったとして、その記事だけは誰も見向きもしません」

「縁を結んでないから?」

「はい」

「そっか……」

 廊下で二人きりになると俺はマコに向き合う。

 マコはなんてことないように言うが、やっぱり切ない。優にマコが認知されてたくらいで機嫌悪くした俺が言えることではないのだが。

「なぁ、どうしたら縁を結んで良くなるんだ?」

「何言ってるんですか?」

「いや、例えば、全校生徒が信者になったら縁を結んでも良いのかなって」

「何無茶苦茶なこと言ってるんですか」

 マコが苦笑していた。けれど、その目が一瞬光に満たされているようにも見えた。

 俺はグッと拳を握り締める。脳裏には雨の中狛犬姿で雨に打たれていたマコの姿。

「約束する。真幸祭で全校生徒呼ぶから、だから、縁を結んで良い」

「全校生徒呼べるほどあの社、大きくないですよ」

「だったら、少しずつ呼べば良い。祭を俺も盛り上げるから……祭で皆呼ぶから、縁を結びなよ」

「あなたにそんな力あると思いませんけど」

「ぐっ……」

「気持ちだけ受け取っておきます」

 マコが切なげに笑った。



 口先だけじゃダメなのだろう。まずは行動で示さなければならない。それは例えば、藤村花音の攻略とか。攻略して、ちゃんとマコの望む通り、ラブコメの主人公の座を奪えるんだって示さないと。

 唯一の糸口は藤村花音の言っていた、ADのバイトである。うちの高校は確かバイトOK。ただし、申請が通れば、という条件付きだ。何としても通さなければ。申請の紙とか超苦手だけど。

 マコに先に教室に戻るように言い、俺は職員室へと足を運ぶ。バイトの理由を何と書こうかと悩みながら。



「マコ、頼む、今から新聞部のインタビュー受けてくれ!」

「ですから、受けたところで時間の無駄だと」

「わかったけど、俺はその記事、読んでみたいから」

「……わかりましたよ」

 乗り気じゃ無さそうなマコを説得し、新聞部の部室まで連れて行くと既に、藤村花音と優が部室にいた。二人は新聞部部長、田中愛にパシャパシャと写真を撮られていた。

「じゃあな」

「え、帰るんですか」

「あぁ、俺はやることがあって」

「そうですか」

 どこか残念そうなマコを残して俺は自宅に直行する。その鞄の中には『就業申請書』が収まっていた。

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