第2話 ドジっ子はラブコメに不可欠だから……☆

『人生で一度くらいは、ラブコメの主人公になりたい!』


 あまりにも俗世的な欲望を叫ばされてから数日、俺の日常は一切変わらなかった。つまらない日常。けれどその日常は神様の奇跡でもなく、今月発売の一冊の漫画雑誌によって良い感じに崩された。

「真守殿!見たでござるか!」

 優が目を輝かせて俺の席へと駆けてくる。運動のできるデブである彼の身のこなしは実に優雅だ。俺が頷くと優は幸せそうに言葉を続ける。

「俺モテ件のアニメ化!とうとう動くまどかちゃんが地上波で見られる……!」

「や、本当にびっくりしたわ」

 俺がモテ始めた件、通称、俺モテ件。主人公がモテていると勘違いして様々な美少女にナルシストっぷりを発揮するのが大変コミカルに描かれている作品。そのアニメ化。そういうわけで朝から俺達二人は立ち上がりお互いの手を握り合った。

「アニメ化記念グッズ帰りに買いに行くぜよ」

「転売ヤーに目をつけられなきゃいいけど」

「まどかちゃんは一番人気でござるしあり得るでござる……」

「声優には藤村花音(ふじむらかのん)が抜擢なんだっけ」

「もう完璧な声優配置でござる……」

 藤村花音。最近話題の新人声優。声が可愛いこともさながら小柄で可愛いことでも注目を浴びていた。写真集も本屋で見かけたことがある。

 と、俺らが二人楽し気に語り合う中、教室も異様な明るさに包まれていることに気づいた。

「なんだか教室が騒がしいでござるな」

「わかる」

 そう、妙に明るいのである。まるで何かを待っているような――。

「今日転校生が来るらしいよ!」

 女子の声は風紀委員、江波莉子の元へと向かっていた。らしいね、と江波は頷いている。なるほど、転校生。道理で騒がしいわけである。が、俺らはそれどころではない。転校生よりも何よりも俺モテ件のアニメ化の方がよほど大事なのである。二人してアニメ化について語っているといつの間にか朝礼のチャイムが鳴り響いていた。

「静かに」

 女性担任、渡邊美穂先生が教壇に立ち、声をかけると若干クラスが静かになる。スタイルの良い彼女はクラス内での憧れだったりする。クールビューティーとでもいうのであろうか。アニメならあの顔がデレるのがきっと見られることだろう。

「今日は転校生を紹介します」

 ほら、と誰かがはしゃぐ声。静かに、と美穂先生が繰り返す。

「転校生は二名います。」

「二名!?」

 クラスのリーダー格の男子、大槻(おおつき)が叫ぶ。彼の情報網をもってしても二人転校生がいることは分からなかったらしい。確かにこの高校二年という中途半端なタイミングで二名も転校生がいるなんて誰も想像しないし確かめなかったに違いない。

「入ってきて」

 はい、となぜか聞き覚えのあるような声がドアからした気がした。

 ガラガラ、とドアが開き、現れた少女は確かに見覚えがあった。赤いリボンをつけた白い耳はくっきりと記憶に焼き付いていた。JKと表現するより幼女に近い見た目の自称狛犬女。今は着物じゃなくて制服に身を包んでいるけど。

「あ!あの時の!」

 普段目立とうとしない俺が声をあげたからか優の不思議そうな目が向けられる。

「どうしたでござるか、真守殿」

「いや……ちょっと前に出会って」

 もごもごと口を動かしながら俺は納得する。そうか、つまり俺の『人生で一度くらいは、ラブコメの主人公になりたい!』という願いを叶えに学校に来てくれたわけだ。

 彼女は俺と視線が合うとにこり、と笑って頷く。天使だ。なんだが、目の下が黒く見えるけど。

「もう一人、入ってきて」

 先生の声に小さく「……はい」と消え入りそうな声。その声はしかし確かに愛らしい。男達が「もう一人も女!?」と嬉しそうに騒いでいる。優の方を見ると優はポカンと口を開けている。

「……優?」

 そう、さっきまでは俺モテ件について夢中で転校生など興味も無かった男。そんな男がポカンとしながらも黒板に目が釘付けとなっている。その黒板の前ではコスプレ女がシャンシャンと音の鳴る鈴が連なりになった棒を持って踊っているが誰も気にしていない。異様な光景だ。そりゃあポカンともする。その鈴の音がやはり聴こえていないのか、遮るように女性の声がした。

「……あのっ」

 そのまま彼女は教室に入る手前で自己紹介した。

「……ふ、藤村花音ですっ!よろしくお願いしま」

「ファーーー!!!」

 優が某お笑い芸人の笑い声のような奇声をあげて昇天し、椅子から転がり落ちていた。ドン、と派手な音を立てて彼は床に頭を打つ。

「優!大丈夫か!?」

 慌てて俺は駆け寄る。周りの視線も衝撃の転校生達よりも優に向けられていた。

 優は「いてて……」と呟き頭をさすってから身を起こす。美穂先生が「大丈夫!?」と慌てたような声をあげる。優は笑みを作る。俺は優の言葉を待った。

「大丈夫です」

「先生、コイツ駄目です。保健室連れていきます」



 大丈夫だよ、と普段の『ござる口調』がウソのような声をする優を強引に保健室まで引っ張っていき、寝かせた。保健室にはちょうど誰も寝ておらず、保健の先生、倉松先生も不在だった。

「大丈夫なのに」

 優が苦笑している。

「その口調で大丈夫なわけねぇだろ」

「その口調って?」

「だーかーらー」

 心当たり無い時点で重症である。ふぅ、と溜息をつき、保健室の先生が来るのを待つことにした。



 保健の倉松先生に説明をしてから廊下に出ると、タタタッと狛犬女がまさに犬のごとく駆け寄ってきた。

「真守!」

「……俺の名前教えたっけ」

「それはーそのっ、狛犬なので!」

 なるほど、そういうこともあるか、と思う。

「それより……やらかしました!」

 何を。

「その……誤ってラブコメの主人公になる奇跡を隣の席の男性にかけてしまいましたっ!」



 狛犬女曰く、こうだ。ラブコメが何か理解しようと狛犬女は図書館でラブコメとされる本を目に隈ができるほど朝から晩まで片っ端から読み漁ったらしい。お陰でちゃんと理解して縁結びの奇跡から同じ学校にも入ることに成功。そこまでは良かった。ところが寝不足でふらついていた彼女は優の倒れる音で動揺し、神楽の振り付けを間違い、なんと優に奇跡を起こしてしまったと。

「どうしてそんな状態で神楽を舞ったんだよ!」

「ラブコメのはじまりは大体転校生が来たところからと学んだからです!」

 そんな偉そうに胸を張るなって。

「で、じゃあ俺のラブコメの主人公になりたいって願いは……」

「叶えられませんね……」

「もう一回奇跡を起こしたりとか」

「人の子に奇跡を起こせるのは一回きりなんです」

「そんな」

 つまり俺はラブコメの主人公になれないらしい。がっくりと肩を落とした俺と同じように狛犬女もしょんぼりと肩を落としている。

「ま、まぁ、俺もそんな期待していなかったから」

「ありがとうございます。……でもあなたの願いを叶えないと」

 神様になれない、と彼女は消え入りそうな声で呟く。どうしても神様になって人々の願いを叶えられるようになりたいらしい。真幸神社の狛犬様。

「神様があの神社にいないってことだけど、神様はどこに行ったんだ?」

「それが分からなくて」

神様がいないお社。それはきっとばあちゃん達をがっかりさせることだろう。

「ですから!あなたの夢を叶えて私は神様になる必要があるんです!」

 必死に狛犬女は訴える。そんなふうに訴えられても。

「でも、ラブコメの主人公は優になっちゃったんだろ」

「ですから!」

 彼女は俺の手をその小さな手でぎゅっと握りしめた。心臓の音がどくどくと聴こえる。可愛い女の子の温かみ。周りの目線が気になった。狛犬女は俺の目をまっすぐに見つめている。綺麗な黒い瞳。

「ラブコメの主人公の座を優さんから掠め取ってください!」



 ラブコメの主人公の座を掠め取ること。狛犬女の必死さに気圧されているとチャイムが鳴る。授業始まり5分前の予鈴のチャイム。そういえば保健室で倉松先生に優を預けたっきり二人が保健室から出てきていない。倉松先生と言えば男子に圧倒的な人気を持つ女性の先生だ。ヨーロッパの方の血が混じっているらしくその美ボデイは日本人ではまず有り得ない。何より俺自身も憧れていたし、何かあるたび言い訳しては保健室に通っていたこともある。――まさか。

 狛犬女が俺の手からパッと手を放し、顔を赤らめていた。が、そんなことよりも俺は頭によぎる嫌な予感を振り払うよう、勢い良く保健室の扉を開けた。

 視線の先にはカーテンのかかったベッド。そこに覆いかぶさるような影。その影が慌てたように姿勢を戻したかと思うとカーテンから出てくる。

「こ、これは違うのよ!?」

 影だった人、倉松先生は慌てふためいている。が、何かあったのだろう。つかつかと俺がベッドのカーテンを押しのけると優が恥ずかしそうに顔を枕に突っ伏している。

 ……間違いない。

 俺はくらりと眩暈のする頭で答えを弾き出した。

 とうとうラブコメの主人公になったらしい!……俺の隣の席の男が。

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