第10話 これで折り返しかもしれない

 位置について……よーい、ドン!という音と玩具の鉄砲のパンッという音が快晴に響く。今日は体育祭だ。あれから体育祭まで真幸神社に行くことは何回かあったが、神様がいない社に手を向けはしなかった。

「何か良い策が浮かびました?」

 マコがひょいと隣から顔を出す。今日のマコは鉢巻を目立たせるためか髪から普段の赤いリボンなどの装飾を取り払っている。黒い髪に黄色い鉢巻が映えている。本来はマコのように頭に鉢巻をつけるのが正しいのだが、多くの生徒は腕に巻いてみたりネクタイのようにしてみたりと様々な付け方の工夫を試みている。

「とりあえず今日具合が悪いフリして倉松先生に近づくことくらいかな」

 俺はというと手に鉢巻を巻いておくスタイル。頭に巻くのはなんだか子供っぽくて恥ずかしい。

「早速……ってうおっ」

 足が段差に躓き、鈍い痛みが走る。擦りむいた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫……本当に怪我しちゃった……」

 ダサ過ぎる。

「まぁこれで正真正銘怪我人だ。じゃ、今から救護テントに向かうから。マコは徒競走だろ?」

「はい!いってらっしゃい!」

 マコが笑う。



 救護テントに向かうとそこには何人もの男子生徒が多少の擦り傷や具合が急に悪くなったやらで殺到していた。

「先生〜!俺を見てください!」「いや俺を」

 何のことはない、倉松先生目当ての群衆である。

「……」

 あそこに混じるべきなのだろうか。

「凄いね!」

 不意に聞き覚えのある声がして隣を見るとカメラを引っ提げた少女――新聞部部長、田中愛がいた。

 彼女は倉松先生目当ての男子達の背中をバッチリ写真に収めながら言う。

「あなたもそのくち?」

「いやいやいや俺は……」

 この程度の傷で来た、と思われたらどうしよう。

「……通りがかっただけ」



 折角、田中愛と仲を深めるにも田中愛はシャッターに夢中で話しかけられる様子もなく、戻った俺は水道の水で傷口を洗い流していた。……しみる。

 と、マコがそばでうずくまってるのに気づく。

「どうした?」

「徒競走中、足首を捻ったみたいで……」

 マコ曰く、縁を結ばなければそこにいても空気みたいな存在となる。だから本当にマコのことは『一般生徒』としか見られないし、足首を捻ったこともきっと気づいてもらえなかったに違いない。

「分かった、ちょっと待てよ」

 俺は背中を向けてかがむ。

「ほら、乗っかれ」

「でも……真守も足が」

「良いから」

 とはいえ、救護テントはあの人だかりだ。どうしようか考えながら救護テントに向かって歩き出す。ジクリ、と足が痛みを発している。

 と、近くにいた生徒に声をかけられた。

「こっちです!」

 彼の左腕の腕章には『保健委員』と書かれている。助かった。

 彼の誘導に従い、校内へと足を運ぶ。



 保健室内では保健委員が協力して看護をしていた。

「あ、負傷者!?傷は水で流した?だったら消毒薬かけるから待っててね!……はい、絆創膏」

「くぅっ」

 思ったより傷に消毒薬が染みて声が出る。そして遅れて倉松先生もやってきた。

「ごめんね、遅くなって。自称怪我人達多過ぎ……血糊を使ってきた人もいたのよ?」

 倉松先生も大変である。

「とりあえず彼女はテーピングして……っと、一応病院に行って診てもらう?」

「大丈夫です。ヒビや割れてたらわかります」

「わかったわ。とりあえずあとは安静にしていて」

 はい、とマコは椅子に座ってほーっと息をついていた。俺は横に寄り添おうとしたが。

「さて、終わった人は行った行った」

 ぽん、と外に放り出されてしまった。

「あれ」

 不意に江波の声がした。

「何してるの、そこで」



 俺、真守が追い出された後の保健室内では、保健委員がヒソヒソと噂話をしていた。

「え、じゃあさっきの男子が江波さんとデキてるっていう……!?」

「そうそう」

 マコの耳がぴくん、と動く。



 体育祭は怪我人を多数出しつつも無事に終わり、俺とマコは帰り道一緒に歩いていた。マコの場合は足を捻挫したこともあってかふよふよと浮揚してる形であるが。そんなマコの様子は行きと打って変わって何だかよそよそしかった。

「おい、どうしたんだよ」

「何でもないです」

「何でもないってことはないだろ」

「何でもないですってば……今日は真守んちに寄らずに神社に帰ります」

「え、何でだよ」

「疲れたんです!」

 顔を真っ赤にして言うマコにそれ以上言えず、分かった、と返すと彼女はぴゅーっと風のように神社へと消えていった。



 真幸神社で1人、マコは座り込むと呟く。

「真守の背中、熱かった……」

 その顔は熟れた林檎のように真っ赤なままだった。



 次の日の昼休み、藤村花音、マコ、俺、優、江波莉子の5人が揃って音楽準備室でご飯を食べてる時だった。

 マコがぼそりと呟いた。

「江波さんと真守さんはお付き合いなされてるんですか……?」

 ぶっ!と食べ物を吹き出しかけて慌てて飲み込む。江波莉子もぽかんとした顔でマコを見つめた。

「保健室で、付き合ってるってきいて」

「あぁ、きっとそれはあんたが縁を誰とも結ばないせいで私達2人だけが話し合ってるように見えたりして勘違いされたのよ、きっと」

 なるほどね、と江波が苦笑いをする。なぜかマコはホッとしたような顔をしていた。

「でもね、こういう勘違いを生んじゃうのもそうだけど、あなた自身もこれまでいないもの扱いされて寂しくなかった?」

「……」

 マコが黙り込む。優が不思議そうな声をあげた。

「何を話してるの?」

「後で俺が解説するから」

「分かった」

 藤村花音も黙って話を聞くことにしたらしい。静かに弁当を口に運んでいる。

「真守、真幸神社にクラスメイトみんな呼んでみせるって」

「そんなの無理です!」

「そう?あなたの知ってる守はダメ男かもしれないけど少なくともあなたのために必死になれる男なんじゃない?その男が最後の最後までやれないかしら」

「……」

「大丈夫よ、私ならしっかりしてるし私もクラスメイトをみんな神社に連れて行く。だから寂しいなら縁を結んだら?友達作るか、だなんてあなたの自由だけどね」

 マコは暫く項垂れていたが、やや間が空いて、こくん、と頷く。それからどこからか神楽鈴を取り出すとシャンシャン、と2振り。途端、近くにいた優や藤村花音の体が一瞬光った気がした。

「……これで結べました」

 マコが少し照れたような顔で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とうとうラブコメの主人公になれたらしい!……俺の隣の席の奴が。 夏目有紗 @natsume_novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ