第2話

 大切な家族に幼馴染み、恩師に友人と、ルーシェが心を開いていた者達が次々と居なくなった。


 元々庶民の子であったルーシェは小さな宿屋を経営する両親の元で育った。雑貨屋のお隣さんとは家族ぐるみで仲が良く、ルーシェと同じ年頃の幼馴染みが居た。お互い一人っ子だった彼等は小さい頃からよく一緒に遊び回り、とても仲がよかった。大きくなったら結婚しようねと約束をするほどに。




 しかしルーシェが八歳の時、仕入れに出掛けた雑貨屋家族の乗った馬車が崖から転落する事故に遭う。突然の訃報に悲しむルーシェだが、その傷が癒えぬうちに更なる不幸が重なる。両親の経営する宿屋で、客に扮した強盗が両親を殺してお金を奪い逃げていったのだ。


 身寄りのなかったルーシェは孤児院に引き取られた。そこでルーシェは少しずつ生きる希望を取り戻すも、十二歳を迎えた頃、頼まれたおつかいを済ませている間に火事が起こる。


 一人だけ助かったルーシェは、よくその孤児院に寄付をしてくれていた伯爵夫婦の好意で養子になることになった。それに伴い五つ上の兄が出来た。家族として温かく迎え入れてくれた伯爵一家の恩に報いるよう、必死に貴族として必要な教養や礼儀作法を身に着けるべく励んだ。


 十六歳を迎えた頃、初めての社交界デビューを果たす。義理兄にエスコートされて、何とか無事に終える事が出来た。それから度々パーティに呼ばれて参加するようになるも、生粋のお嬢様達の中で馴染めるわけもなく、いつも壁の花を飾っていた。それでも優しい家族に恥をかけないよう前を向き、凜と姿勢を正し佇んでいた。


 その姿がこの国の王太子、レオナルド・オベリスクの目に止まり見初められたルーシェは、彼から熱烈なアプローチを受ける。それに後追いするように、ルーシェが「未来の王妃の器である」と神託がおりた事で、婚約が結ばれた。オベリスク王国では、カルメリア神より授かった啓示はなにより尊いものだとされているからだ。


 心が追いつかぬまま、あれよあれよと周囲を固められ、そのような次期王妃という肩書きを与えられたルーシェは当初、戸惑いの感情しかなかった。


 身分違いの婚約が波乱を呼び、他の貴族令嬢達に辛く当たられるルーシェを、レオナルドは完璧に守り抜いた。


 危機一髪のタイミングでヒーローのように颯爽と現れては、ルーシェを自身の腕の中に庇い助ける。誰も味方が居ない状況下で、そのように親身になって守ってもらい続ければ、好意を抱くのも無理はない。次第にルーシェもレオナルドに心を許すようになっていた。


 でもある時気付いてしまった。いつも自分の前では優しく微笑みを絶やさないレオナルドが、決まってある時に鋭い視線を投げかけてくるのを。それは、彼以外の人間とルーシェが楽しそうに話している時だ。


 最初は気のせいだと思ったが、しばらくしてルーシェと仲良くしていた友人が事故に遭った。友人だけではない。熱心に指導してくれていた学園の恩師も、心を許し姉のように慕っていた侍女も。


 その度にレオナルドはルーシェの細い腰を抱き、耳元でこう囁くのだ。


「悲しむことない。お前には俺がついているだろう?」


 最初はその言葉に励まされた。たとえどんな辛いことがあっても、自分にはこの人が居ると。


 しかしあまりにも不自然な事故が重なりすぎた後に再び聞くと、その言葉に違和感を覚えるようになった。


 何故、この人は自分の悲しみを一緒に分かち合ってくれないのか。それどころか嬉しそうに頬を緩めて何故、そんな事が言えるのかと。


 それはまるでルーシェの大切な人達の悲劇を喜んでいるようにもとれる。


──まさか、そんなはずは……


 杞憂だと思いたかった。あの人に限って、そんな事はない。彼はいつだってヒーローのように自分を助けてくれるのだから。


「愛しいルーシェ。早くお前を俺の物にしてしまいたい」


 壊れ物を扱うように優しく抱きしめては、甘いキスを落としてくる。鎖骨の下、ドレスを着てギリギリ見えない位置。消えることは許さないと言わんばかりに、会う度に同じ所にその証をつけては別れ際、いつも名残惜しそうにその証に触れて去ってく。

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