第7話

 下準備の中でルーシェがまず行ったのは、レオナルドの意識改革だった。もう少し市民の生活に寄り添った政治をするよう、少しずつ訴えた。ルーシェの言葉にだけは、レオナルドは耳を傾ける。それを利用して、「明日のご飯に困ることもなく、誰もが当たり前のように朝を迎えられて、笑顔が絶えない平和な国」が自分の理想とする国である事を刷り込んでいった。レオナルドはルーシェの願いを叶えるべく、日々邁進していた。





「ルーシェ!」


 振り返ると、息を切らして駆け寄ってくるレオナルドの姿があった。凱旋から帰って来たばかりなのか、身に付けた漆黒の鎧には所々傷がついている。


「レオナルド様! いつお帰りになられたのですか?」


「先程戻ってきたばかりだ。一番にお前の顔を見たくてな」


「お怪我はありませんか? 私もずっと、レオナルド様にお会いしたかったです」


 レオナルドが怪我をしていないか確認した後、ルーシェはその身体を抱き締める。それに応えるように、レオナルドはルーシェを自身の腕の中へ閉じ込めた。


「どこへ向かっていたのだ?」


「大聖堂です。本日のお祈りを捧げに行こうと思っていました。カルメリア神が、レオナルド様の御身を守ってくださるように。私に出来るのは、それくらいしかありませんから……」


 オベリスク王国では、カルメリア神が広く信仰されており、時折神託によって国の行く末が啓示される。その神託は王族と言えど無視できない程の権力があり、人々はカルメリア神に深い信仰心を持っている。


「ルーシェ、自分を卑下するな。お前は俺の心の安寧だ。お前の存在があるから俺は、頑張れるのだ」


「私は不安なのです。上に立つ方には、どうしても危険が付きまといます。レオナルド様が無事に帰って来てくれるのか、いつも不安で仕方ないのです。貴方が居ない世界を想像するだけで、胸が張り裂けそうになって苦しいのです」


 病に伏せている父王に代わり、王太子として国を統治しているのは実質的にレオナルドだ。時には近隣諸国との小競り合いを沈静化させるために自ら指揮を執って現地に赴き、提案される議題全てに目を通してその是非を決め、執り行われる式典や祭典の準備など、その仕事は多岐にわたるため、多忙な日々を送っていた。それでも、弱音ひとつ吐くことなく、レオナルドは歩みを止めなかった。


 即位して王となればその権限を持って、すぐにでもルーシェを正妻として迎え入れる事が出来る。そのために必要なものは、王としての器を民に認めてもらうことだった。ルーシェの理想とする国の王となるべく、レオナルドは日々の執務をこなしていた。


「だったら俺は、お前より先には絶対に死なない。最期のその瞬間まで、必ず傍に居ると誓おう」


「絶対ですよ」


「ああ、約束だ」


 ルーシェの手を取ったレオナルドは、手の甲にそっと誓いのキスを落とす。騎士が姫に忠誠を誓うかのように。


「レオナルド様。もし私が死んだら、花を一輪植えて可愛がって頂けませんか?」


「何故だ?」


「私は、レオナルド様の作り上げてきたこの国が大好きです。この美しい景色が大好きです。だから立派に国を統治して、守ってほしいのです。後追いなんて許しません。そのお花を私だと思って、どうか可愛がって下さい」


「……それが、お前の望みなのか?」


「はい。レオナルド様がきちんと役目を全うしたら、必ず迎えにいきますから」


「分かった、約束しよう。お前が好きなこの国を、景色を、必ず守ることを」


「ええ、約束です」


 少しずつ、少しずつ。言葉の呪詛をかけて、ルーシェはレオナルドが自ら命を絶てないよう約束を積み上げていった。王となるべき者としての責任や覚悟を芽生えさせ、自分の理想とする国の王は、レオナルドにしかなり得ないのだと。


 その後王位を継承したレオナルドは、正式にオベリスク王国の王となった。そして、ルーシェを正妻として迎えるべく結婚式が執り行われる事となる。


 そうして遂に迎えた結婚式前日の深夜、ルーシェは大聖堂の一番奥、神の間と呼ばれる神託がおりる場所へ侵入し、復讐のための最後の下準備をした。毎日のように大聖堂に通ったのは、レオナルドの無事を祈るためではない。オベリスク正教会の最高権力者である教皇と仲良くなり、情報を聞き出し、この時に備えるためだった。

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