第8話

「綺麗だ、ルーシェ。心の底から、お前を愛している」


 誰もが見惚れるような綺麗な笑みを浮かべて、甘言を吐くのはこの国の国王陛下レオナルド。純白のタキシードに身を包み、花嫁であるルーシェの細い腰を抱いて、誓いのキスを交わす。


 元は平民の伯爵令嬢(養子)であるルーシェが彼の隣りに並ぶのは、実に分不相応な事だった。それを即位したレオナルドの権力により無理やり黙らせた。


 そのため、結婚式を建前上祝いに来た貴族達は、とても白けた顔でこちらを見ている。


 僻み、嫉み、嫌悪。


 様々な負の感情を向けられて、居心地が悪いルーシェだが、その時間もすぐに終わる事が分かっていた。



 大聖堂の大扉が派手な音を立てて開かれる。なだれ込んでくる教会騎士がその場を瞬時に制圧し、後方から現れたのは教皇のベルクールだった。


「直ちにその偽物を引っ捕らえよ! 神を欺き、国王陛下を謀った罪、よもや万死に値する!」


 ベルクールが権杖の先をルーシェに向けて叫ぶ。その声に応じて教会騎士が、レオナルドからルーシェを引き離し拘束する。


「何事だ?! ルーシェから、その汚い手を離せ!」


「正式な神託がおりました。レオナルド国王陛下、貴方の正式な花嫁はランドール公爵のご息女、マリアンナ様です」


「嘘だ、そんな事はない! 神託はルーシェを選んだ。いくら教皇と言えど、虚言を吐く事は許さんぞ!」


 レオナルドを飼い慣らせるのは、ルーシェしかいない。その事はカルメリア神も分かっていたのか、神託が選んだ未来の王妃は確かにルーシェだった。


 しかし結婚式前夜、ルーシェは偽の神託を書き記した。「富をもたらす次期母なる王は、ランドール公爵家のマリアンナである。庶子の娘は神を王をも謀った罪人」だと。


「これを、ご覧下さい」


 神託の記された羊皮紙を、ベルクールはレオナルドへ差し出す。それに目を通したレオナルドは「違う、この神託は間違いだ! そんなはずはない!」と必死に主張するも、神託には逆らえない。ルーシェは、そのまま地下廊へと連行された。 



 どうすればこの悪魔のような男を断罪出来るのか。あの手帳を見つけて真実を知ったあの日から、ずっとそればかりを考えていた。


 生きている限りそれが無理だと判断したルーシェは、自身の存在をかけて復讐する事にした。


 愛してやまない花嫁が、力及ばず目の前で処刑される。いくつにも重ねた約束が、レオナルドを後追いするのを許さない。絶望の中で、一生苦しんで罪を償ってもらう。それしか、この男を断罪させる手段が思いつかなかった。

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