第6話
これ以上、見過ごすことは出来なかった。もし仮説が本当だとしたら、こんな恐ろしい人の元へは居られない。
万一の時は、彼を殺して自分も死のう。それで亡くなった人達に報いる事が出来るわけではないけれど、それくらいしないと、とてもじゃないが正気で居られなかった。
ルーシェは手帳の件をレオナルドに問いただした。何故この手帳に、自分が懇意にしていた方達の名前が書き記されているのか、そしてばつ線で消されているのか。
すると彼はこう言った。
「お前を悩ませた彼等が、邪魔だった」と。
思い起こせば、皆が不慮の事故にあったのは決まってルーシェがその人自身に対して悩みを抱えている時だった。アンドリューが事故に遭う前は、些細な事で小さな喧嘩をした。宿屋の経営が苦しい事で、本当の両親はよく言い争いをしていて、それを聞くのが辛かった。しかし、アンドリューともその後は仲直りしたし、両親だって、共に頑張ろうと仲直りをしてくれた。
悩んだのはほんの少しだ。たったそれだけの理由で簡単に人の命を殺めてしまうなんて。ルーシェには、レオナルドの考えが理解出来なかった。
再会したのは運命でも何でもない。
初めから仕組まれた事だったのだ。あの日、彼が宿を訪れた時から、緻密に積み重ねられた偶然を装った必然。
わざと孤立した状況を作らせ、それを徹底的に守り抜く。退路を塞がれ囲い込まれている事に気付かずに、ルーシェは最初から狂愛王子に囚われていた。
そのせいで、多くの人が犠牲になった。そんなつまらない理由であまりにも多くの命が犠牲になりすぎた。
こんな危険な人を生かしておいてはいけない。ルーシェは懐に隠しておいたナイフを取り出し、レオナルドへ向ける。
「貴方を殺して、私も死にます。どうか一緒に、罪を償って下さい」
レオナルドは逃げも隠れもしなかった。怒ることも、嘆くこともない。ただ嬉しそうに笑い声をあげた。
「ルーシェ、お前と一緒に死ねるなら、お前が俺の命を奪ってくれるなら、それは願っても無い幸福だ」
理解、出来なかった。罰を与えるために、共に死のうとしたのに、それが幸福だなどと喜ばれ、それでは意味がない。罰になどなり得ない。
「何故、そのような事を仰るのですか?」
「お前だけが俺に優しくしてくれた。ぬくもりを教えてくれた。俺はもう、お前なしでは生きられない。お前が死を望むのならば、俺も喜んで付き添おう。お前が俺を殺したいのならば、永遠にお前の中で眠るとしよう」
狂っている。どうしようもないくらいに、狂っている。けれどここまで狂わせてしまったのは自分なのだと、ルーシェは後悔の念に苛まれる。
逃げるのは簡単だ。このナイフで今すぐ自分の心臓でも腹でも突き刺せばいい。だがそれではすぐに追ってくるだろう。それでは意味がない。
もっと罰を与えなければ、死ぬより苦しい罰を与えなければ、犠牲になった人達があまりにも報われない。
そこでルーシェは悟った。一緒に死ぬから駄目なのだと。この人に罰を与えるには生き地獄を味わわせるしかないと。ナイフを捨て、ルーシェはレオナルドの胸に飛び込んだ。
「レオナルド様、共に生きましょう。貴方の犯した罪も罰も、私が共に背負います。だからもうこれ以上、その手を血で染めないで下さい。他の方に気持ちを割く時間があるなら、その分私を愛して下さい。約束して下さいますか?」
「……分かった。約束しよう。この両手はお前を抱き締めるためにあるからな」
宝物に触れるように、大事に愛おしそうに、レオナルドはルーシェの身体を抱き締め返す。
「愛しています、レオナルド様」
「俺もだ、ルーシェ」
──もっと、もっと深く、私に溺れればいい。そうすればするほど、貴方に与える罰が重くなるから。
復讐を誓って、ルーシェはレオナルドとの時間を前より一層大事にするようになった。
毎晩飽きもせずに囁かれる愛の言葉に恥ずかしがるフリをして、贈られてくる無駄に高価なプレゼントに喜ぶフリをして、レオナルドを喜ばせることだけに努める。本来の感情を圧し殺して、ただひたすら下準備を整えて復讐の時を待つ。
幸せの絶頂である結婚式──それが、レオナルドを断罪させる作戦決行の時だ。
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