第5話
ルーシェは思い出していた。レオナルドと初めて会った時の事を。夜会で声をかけられたのが初めてだと思っていたが、実はそうではないと聞かされた事がある。
まだ両親と宿屋に住んでいた頃、わけありの客人を迎え入れた事がある。深くフードを被った男性と自身より少し年上くらいの男の子だった。
身分を隠されてはいたけど、外套を脱げば一目見ただけで庶民ではないのが分かる出で立ちだった。
あの日は雨が酷く降っていて、馬車の車輪に不具合が見つかったそうで一晩宿を貸して欲しいと夜更けに来られた。
男の子は浅い呼吸に赤い顔をしていて、体調が悪そうだった。案の定熱があり、その日一晩私はその男の子の看病をしていた。
翌日には迎えの馬車が来てすぐに帰られたけど、その男の子が幼い頃のレオナルドだったのだと聞かされた。
あの夜会で再開できたのは運命だと、レオナルドは言った。でも仮に、それが作られた運命だったとしたら?
ちょうどあの時、幼馴染みのアンドリューが朝早くにいつも頼んでいる商品を宿屋に届けてくれた。レオナルドと直接言葉を交わしたわけではないけれど、彼との面識は確かにあった。
両親を無くして身を寄せていた孤児院には、やたらと寄付が届いていた。それはルーシェを引き取った伯爵家がしてくれていたものだ。
近しい人がこうも次々と亡くなっているのに、ルーシェの義理の家族は今も健在だ。もしそれが、レオナルドがルーシェを夜会に招くための協力者だったからだとしたら?
──確かめよう。
そう思っても、王妃教育を受けているルーシェは勝手に城から出ることを許されていない。そこで手紙を書いた。久しぶりにお父様とお母様、お兄様に会いたいですと、向こうからこちらへ足を運んでもらえるように。
しかし、待てど暮らせど返事は一向に届かない。社交界にも姿を現さず、連絡がつかなかった。何かあったのかと心配して、頼りたくなかったがルーシェはレオナルドに話した。家族と連絡がつかなくて心配だと。
相談してから数日後、開かれた夜会に義理兄のラインハルトが参加していた。しかしそのあまりの変わりように、驚きが隠せなかった。目の下には酷い隈があり、頬はやせこけ目は血走り、見るからに具合が悪そうだった。
「お願いだ、ルーシェ。俺を兄だと慕ってくれるならばこれ以上、殿下に余計なお願いをしないでくれ。殿下以外の名を口にしないでくれ。でないと俺達は……」
「そこで、何の話をしているんだ?」
「レオナルド様、兄様にご挨拶をしていましたの。久しぶりに会えて嬉くって」
「そうか。楽しんでいる所申し訳ないが、そろそろ時間だ。戻るぞ、ルーシェ」
「はい、レオナルド様」
差し出された腕に自分の手を絡め、ルーシェは後ろを振り返る。
「兄様、是非またいらして下さいね」
「あ、ああ。ルーシェ、元気でな」
その時の言葉が、ルーシェがラインハルトと交わした最期の言葉となった。領土に戻る途中、不慮の馬車転落事故によりラインハルトは帰らぬ人となったから。
訃報の知らせを聞いた時、ルーシェはもう、レオナルドの事が信じられなくなっていた。盗み見た彼の手帳に、新たな名前が刻まれていたからだ。それは、ルーシェが慕っていた義理の兄ラインハルトの名前だった。
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