狂愛王子に囚われた少女の、強かなる復讐鐔

花宵

第1話

チリチリと蝋燭の燃える音だけが聞こえる。カビ臭い鉄格子の中で、寒さに堪えながらルーシェは冷たい石畳の上にそっと腰を下ろす。処刑を待つ罪人が一晩だけ過ごすその牢屋にはベッドも椅子もなく、ただ閉じ込めるだけの空間があるだけだった。


 


──やっと、終わる



 明日処刑される牢屋に居るにも関わらず、ルーシェは自身の死を全く悲観していない。それどころか、ここまでの長い道のりを思うと歓喜に酔いしれるぐらいだった。



 その時、コツコツと早足でこちらに近付いてくる足音が響いてきた。その音が大きくなるにつれ、あまりの滑稽さに笑いが出そうになるのを何とかルーシェは堪えていた。



「ルーシェ、今すぐここを出るぞ」


「それはできません」


「何故だ、何故俺を頼ってくれない?!」



 牢屋の前で足を止めた男は、その端正な顔を悲壮な面持ちに歪め問いかけてくる。



「全てはレオナルド様のためです。私のような身分の者が、貴方様のお隣になど居ること自体が分不相応なこと。どうか、ご理解下さい」



 思わず上がりそうになる口角を必死に抑え、悲しそうに眉をひそめてルーシェは訴える。


 レオナルドの目には、自分のためを思い健気に身を引こうとするいたいけな少女に見える事だろう。



「身分など、神託など関係ない! 俺はお前さえ居てくれればそれでいいのだ! お願いだ、この手をとってくれ。そうすれば俺は……地位も名誉も捨て、今すぐにでもお前を連れてここを出よう」



 思わず反吐が出そうになった。



 そのために、何人の命を奪った? と、喉元まで出かかった言葉をルーシェはなんとか飲み込んだ。



「そのお気持ちだけで十分です、レオナルド様。どうか私の思いを汲んで下さいませ。貴方には輝かしい未来が待っています。民を導き国を正しき形へまとめ上げる。それが今、貴方の成されなければならない事です。貴方にしか、なし得ない事なのです。ずっと見守っています。だから最期のその時まで、私と交わした約束を、果たしてくださいますか?」


「それが、お前の望みなのか?」


「はい。それが、私の心からの願いです」


「分かった、約束しよう」



 鉄格子の隙間からルーシェの手をとったレオナルドは、その手の甲にそっと口付ける。交わした約束を、必ず守ることを誓いにたてて。


 レオナルドが去った後、鉄格子に背を向けたルーシェは、肩を震わせ座りこむ。心の中で悪態をつきながら、声をあげて笑いたくなくる衝動を必死に堪えていた。



──貴方は仰いました。私さえ居てくれればいいと。それでしたら、その一番の望みを絶ちましょう。美しい幻想を抱いたまま、どうか一生苦しんで生きて下さいませ。これが貴方にとって、一番の罰となる事でしょうから。その代わりに、貴方を狂わせた罰は、私がこの身を持って償います。



 愛なのか、憎しみなのか、複雑に絡み合ったこの気持ちを何と呼べばいいのか、ルーシェにはもう分からなくなっていた。



──レオナルド様。だから私は貴方の生きざまを見て、この気持ちが何であるのか判断することにしました。足掻いて苦しんで、どうか末永く生きて、教えて下さい。

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