05 逆光の樹影、ガラスのリノウ


「殺したら――戻せないのでは」


「手足を動かなくする」


 簡にして要を得た回答だ。

 まさにDr.Itsukiだ。

 樹影ジュエイがスキットルを投げる。

 「リノウ」がスキットルを弾くと、中身が飛び出る。

 リボルバーが火を噴く。

 爆ぜるスキットルの中身。


「酒ではない……可燃性か」


「古い手品の材料ネタさ。仕掛けは秘密にしておくがね」


「……弁か何かだろう。解説は不要」


 やれやれ、どこまでもあの白皙のドクターらしくなってきやがった。

 樹影ジュエイは、着流しの遺した刀を手にする。銘を見る。


「……これは、籠釣瓶かごつるべか」


 籠で井戸の水をくみ上げても(釣瓶としても)水が溜まらない、すなわち水も切れ味という妖刀である。

 確か持ち主は。


「吉原百人斬り、佐野次郎左衛門さのじろうざえもんか」


 もうひとりいるぞ、と「リノウ」は応じた。


「もしくは――柳生連也斎やぎゅうれんやさい


 どちらにせよ、業物わざものの使い手が、着流しにということであろう。


「そうか、トレンチコートといい、迷彩服といい、あれはがいた、ということか」


 参照元の人間が、他との識別のためか、あるいは慣わしとしてか、衣服を着ていたらしい。


「そうだ。着流しの彼だけは、参照でなくていい、と言い出して」


 元の躰を捨てた。

 その方がいい、その方が、が定まるとかいっていた。


「……まあ、にとってはどうでもいいことだ。やはりでもなく、でもないサブセットが最適だということが再確認できたことで」


 「リノウ」の手が伸びる。

 樹影ジュエイの籠釣瓶が閃くが、もう一方の手も出て来て、両の手で押さえられた。


「……ぐっ」


俄剣法にわかけんぽうは怪我の元だ。もっとも」


 もはや怪我など意味のない状態になるであろうと告げ、「リノウ」は舌を伸ばした。

 硝子の諸手もろてで籠釣瓶の剣先と柄を押さえられている。

 両脚は踏ん張っているため、動かせない。


「籠釣瓶も含めて、罠か」


「計算の内、が正確な表現だ」


 舌を伸ばしながらも「リノウ」は器用に語り、そしてその舌が樹影ジュエイの口中に突っ込む。

 舌と舌がからむ。

 樹影ジュエイは、自らの舌がまるでちがう生き物のようにうごめき、躍動するのを感じた。


「……ふふ、感じるぞ。わがサブセット。ようやく揃っ」


「揃ったのですか。おかあさまDr.Itsuki


 それは、ガラスのように透明な声だった。

 今度こそ、だった。

 しゃべることができない樹影ジュエイだが、その瞬間、籠釣瓶を手放す。

 手放した先で……まるで、赤子を受け取るかのように優しく、柔らかく、ガラスの手が籠釣瓶を握り、


「さようなら、おかあさまDr.Itsuki


 リノウは舌を斬った。

 もともと伸びて膨らんでいたは、蛞蝓なめくじのように、這いずり、どこかを目指して盲進していた。


硝子生命体グラス・ビーイングと称するこの躰の特性。あたかも分裂生物かのように、別々のサブセットが――


 リノウは「リノウ」と化した、あるいは「リノウ」が完全に集中し一体となった舌を斬った。

 切り取られた「リノウ」は――樹影ジュエイうちのサブセットも吸収した「リノウ」は――今や、プラナリアか何かのような姿と化してしまった。

 プラナリアが観念したかのように、リノウの方へ頭を向けた。


リノウRe:Knowという命令を下したのは、貴女です。おかあさまDr.Itsuki


 あとで樹影ジュエイが聞いたところ、Dr.Itsukiはリノウを作る時、その命令Re:Knowを書き込んだという。


「貴女がサブセットを統合して、ワタシリノウとなった時――それRe:Knowを果たせなくなるのでは?」


 そういう理由か、と樹影ジュエイはひとりごちた。

 樹影ジュエイの伯母――Dr.Itsukiは、リノウの「中」のを欺瞞するにあたって入念にリノウに命令Re:Knowを刷り込んだ。むことなく、それをするように、と。

 何故なら、「全て知っている」Dr.Itsukiのサブセットが、疑われるから――特に、樹影ジュエイに。

 何も知らない――その証左にRe:Knowを実行していれば。


「ただ――それが完全に過ぎたな。Dr.Itsukiの為人ひととなりの影響が出て、Re:Knowが継続できないことを拒否するとは」


 おかげで助かったと、樹影ジュエイは胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。

 リノウの「リノウ」への目つき、籠釣瓶を押さえる両のかいなの具合での見当だったが、当たってよかったとも言った。

 リノウはそれに逆接する。


「その説だと、ワタシはサブセットというか、プログラムのようなモノ――らしいが、それでも為人とか性格とか、出てくるものか?」


 早速Re:Knowの実施だろうか。

 その感慨は、リノウと樹影ジュエイ共通のもの。

 樹影ジュエイは這いずるプラナリアを凝視しつつ、答えた。


「たとえば表計算をしていても、同じ結果を導くにしても、使うファンクションだのネストだの、が分かれるだろう」


「なるほど――理解した」


 で、このプラナリアをどうするかとリノウは籠釣瓶の剣先でつつく。


「見逃がそう」


「――いいのか?」


「潰したら、復讐こそ企む性格でないものの、暴走は有り得る。奴のサブセットがまだ残されている――『科学的be scientific』という政府首脳がいることを忘れるな」


 リノウが籠釣瓶を鞘に納めると、プラナリアはそれまで見せなかった速度で移動を始めた。

 そのスピードを隠していたのか、あるいは模索していてようやくつかんだのか、それは不分明だ。


「取引だ――Dr.Itsuki」


 樹影ジュエイがプラナリアの背中に言葉を投げつける。


「見逃がす代わりに――で口外しない代わりに。私、否、私たちに干渉するな」


 リノウの肩に、着流しが来ていた和装がかけられる。

 気がついたら、プラナリアは路地裏へと入っていく。

 その路地裏には、生体反応がある。

 もしかして、『科学的be scientific』という老人、言い方によっては老女がいるのかもしれない。



 『科学的be scientific』は特に暴走することなく、普通に「引退」した。

 そして何処いずこともなく姿を消した。

 だが、樹影ジュエイとリノウにとっては、どうでもいいことだった。

 そう、これからのこの星の運命や、人類の行く末ぐらい、どうでもいいことだった。


「――大事なのは、自分がどうするかさ」


「――肯定する。これからどうするか、ということを」


 スーツの樹影ジュエイと、着流しのリノウがストリートを歩いていると、目立つは目立つが、機械の躰が歩き、飛び交う世の中だ。

 目立つことにより、目立っていない――そんな感じだった。


 そういえば、『軍事的be military』は政府首脳の中心的ポジションになった。

 そうすると、まるで手のひらを返したように、樹影ジュエイとリノウを始末しようとしてきた。


 だがそれも、リボルバーと籠鶴瓶かごつるべによって撃砕される。


 いつしか――二人は、逆光の樹影、ガラスのリノウという通り名で呼ばれるようになった。

 


「そうだ……宇宙にでも行こうか」


 漂泊の旅の末、宇宙港スペース・ポートが見えて来た。

 そこには「惑星カルパチア行き」とテロップされた宇宙船スペース・シップがあった。


宇宙船スペース・シップ……海賊にでもなる予定?」


 で予定という表現は無いな、と樹影ジュエイは笑った。


可笑おかしい?」


可笑おかしいさ」


 まだまだ知ることが多いな、とリノウが呟くと、そうだな、と樹影ジュエイはうなずいた。


【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逆光の樹影、ガラスのリノウ 四谷軒 @gyro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画