最終話 明石家あやかし派遣事務所


 水神会の母体であると言われている村で、奇妙な事件が起きた。

 村の住人が全員、同じ死に方をしていたのだ。


 発見したのは、翌朝の昼、この村に荷物を届けに来た宅配業者。

 田園風景の中に、転がった死体を発見した。

 目や口、鼻や耳……身体中のいたる穴という穴から血を流し、倒れている死体。

 宅配業者は驚いて大きな悲鳴をあげたが、誰一人、家の中から顔を出さなかった。

 駆け寄っても来なかった。


 村中が異様に静かで、そこら中から鉄臭い血の匂いがしている。

 恐る恐る、近くにあった民家を尋ねると、その玄関先にも同じような死体が転がっていた。


 どこにも、生きている人間がいない。


 慌てて警察を呼んだが、駐在所の警官とも連絡が取れなかったようで、別の町から警察が来た頃にはもうすっかり日が落ちていたそうだ。


 この村の住人が水神会の人間であることがわかっていた警察は、以前、水神会の支部で起こった毒殺事件と同じで、信者に恨みを持つものが何かしらの毒を持ったのだと判断する。

 決して、それが水神会に恨みをもつ人間たちの、呪いによるものだとは認めなかった。



 *



「————ね、おかしいと思わないかい? いくら毒を盛られたとはいえ、村人全員が死ぬなんてこと、ありえない」


 七森が以前暮らしていたアパートの大家は、久しぶりに会った七森に水神会毒殺事件の話をした。

 アパートがあった土地に、新しい単身者向けのマンションが完成したらしく、もしよかったら入居しないかという提案をしに来たその流れで……

 その発見した宅配業者というのが、大家の親戚なのだという。


「……って、こんな話、新築のマンションの中でする話じゃぁないか。ついつい気になってしまってねぇ、誰かに話したくなってしまったよ。ごめんごめん」


 もちろん入居するつもりはないが、七森は部屋を見せてもらっていた。

 そして、ユニットバスの天井を黙って見上げている。


「…………」


 七森の反応がわるいので、間に耐えきれず大家は話を切り替える。


「ところで、実はマンションの件だけじゃなくて、これも君に渡そうと思って————」


 大家は紙袋を七森に手渡した。

 中には、青や紫、ストライプなどの柄の入ったネクタイ。


「どうしたんですか……? これ」

「使わずにタンスの肥やしになってたネクタイだよ。ほら、その……黒いネクタイに黒いスーツじゃ、喪服みたいだろう? だから、今度会ったらあげようと思ってたんだ」

「そうだったんですね! ありがとうございます!」


 七森は大家に頭を下げた後、急にユニットバスの天井に手を伸ばした。


「ネクタイのお礼に、これ、連れていきますね」

「……こ、これ?」


 七森の手には何もない。

 大家の目には、そのあやかしは映らない。


「さっきから気になってたんですよ。せっかくの新築だし、あやかしがいるのはちょっとなって————」

「そ、そうかい」


 意味はわからなかったが、七森がニコニコと笑っていたので、大家は気にしないことにした。


「それじゃぁ、そろそろ俺、行きますね。何か困ったことがあれば、いつでもまた連絡してください」


 七森は、大家に新しい名刺を渡して、事務所へ戻った。


「出世したんだね、七森くん。よかった。よかった」


《明石家あやかし派遣事務所 

           副所長 七森 優人》


 これが、大家が七森と交わした最後の会話である。

 次に彼と会った時には、もう、彼は別人になっていた。

 化け物にその魂を食われ、体を乗っ取られていた。


『————お電話ありがとうございます。明石家あやかし派遣事務所です』



(最終章 了)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明石家あやかし派遣事務所 星来 香文子 @eru_melon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ