第7話 過去の重み、真の想い

 ―出発の二時間前―


「ノア、ちょっと話があるの」


 何時にもなく真剣な表情で、エリーゼが椅子に座っている。

 グライドとノルザは先程、鍛錬に行ってくると言って、変な様子で家を出ていったので、今はエリーゼと俺だけだ。


「なんでしょうか?」

「私たちの過去の話をしようと思って」


 過去の話?

 確かに、エリーゼとグライドの過去は知らなかったな。


「十七年前の事だったかしら…。王国と帝国が戦争をしていた事を知ってる?」


 十七年前、確か帝国が王国にいきなり戦争を吹っ掛けて、そこから戦争が始まったんだっけか。

 最近は魔法や剣の他に本を読む機会が増えたから、その戦争の話は知っている。


「えぇ、本を読んでる時に時たま出てくるので」


「そう。その戦争で当時、最年少で騎士団長に上り詰め王国1強いと言われ、王国を勝利へと導く希望と期待されていたのが、グライドよ」


 いきなりのカミングアウトであるが、俺は特別と驚いたりしなかった。

 グライドの剣は道理で強いわけだ。

 グライドは魔力を探知出来ないにも関わらず、俺の魔法と剣の連撃を対処している。

 とんでもない努力と才能の塊だ。


「だけど、英雄と呼ばれたグライドはその戦争から逃げたの」


 確か、本の記述には王国の英雄が逃げ出し、均衡していた戦争の天秤が傾いた、と書いていたか。

 それがグライド本人だったわけか。


「…なぜ、父さんはその戦争から逃げたんですか?」


 グライドのあの強さは異常だ。

 俺が生まれてきてからも剣の鍛錬をして、その強さは歳を重ねているとは思えないくらい強さに磨きがかかっている。

 その父さんが逃げるなど、どんな出来事があったのか。


「当時の帝国は、世界で1番強いと言われていた魔法と剣を両方使う魔剣士を雇ったの。そして、魔剣士を戦場で見たグライドは気づいた。あの魔剣士には勝てないって。多分グライドが強いからこそ、その魔剣士の異常さに気づいたんだと思うの」


 グライドが、目視しただけで逃げる程の魔剣士か…。

 あのグライドが逃げるなど全く想像が出来ないが、それほどに世界は広いということなんだろうな。


「父さんが逃げてしまうなんて、余程強いんですね。その魔剣士は」


「えぇ、そうねぇ。世界で一番強いと言われる程になった人だからね。この話はノアにとっては大事だから、お父さんと私の二人で話そうって決めたのに、あの人ったら急に「俺が逃げ出した話を自分で語るのは恥ずかしい」なんて言っちゃってね。結局私が話すことになって」


 そう笑いながら話すエリーゼはとても楽しそうだ。


「そしてね、逃げてきたグライドは、私を攫ってものすごく遠くに逃げたの。私はそれはもうびっくりしたわ。だって眠れずに夜風に当たっていたら、急にお父さんが来て「俺と一緒に来てくれ」って言われたんだもの。でも、私は攫われても良かったって今でも思ってるわ。だって、お父さんもノアも、そしてフェルちゃんもいるここの方が幸せだしね」


 そうか…。

 それで、グライドとエリーゼは逃げてきて、この森で暮らしているのか。

 だけど、そんな事をしてしまったら。


「えぇ、グライドの両親と私の家族は全員死罪になったわ」


「なっ!?」


 予想はしていたが、本当にそうだとは思わず、声に出してしまう。


「グライドは覚悟を決めていただろうし、私は、あの家の三女で才能もなかったから期待されてなかったし、上の姉からは常に嫌がらせをされたり、親の政治の道具として利用されそうになってたから、清々したわ」


「そうなんですか…。」


「ふふ、だからノアにはその反動でちょっと甘くし過ぎちゃったかしら」


 冗談を交えながら、話をするエリーゼは何だか悲しそうだ。

 もし、本当にそう思ってたとしても家族は家族だ。

 悲しいと思ってしまうのは仕方の無いことかもしれないな。

 だが、後悔もして無さそうだ。


 しかし、何故だろう。

 エリーゼの話にはところどころ嘘が混じっている。

 詐欺師などのやり口である、嘘と真を折り合わせ組み合わせ話している。

 嘘を発見する魔法を発動している訳では無いが、十七年も一緒に暮らしいていると何が嘘か本当かある程度理解出来る。


 だが、エリーゼはかなり決心をしてこの話をしているはずだ。

 なにかその嘘には理由があるに違いないし、ここで指摘するのはやめておこう。


「そうですか、そんな過去が…。ところで、この森もそれと何か関係があるんですか?」


 そうだ、この森は俺が活動出来るようになってからずっと疑問だったのだが、森とはいえ人っ子一人居ないのだ。

 魔物もフェル意外全く見ないし、とても穏やかな場所だが、少し違和感を覚えていた。


「そうね。私の得意な魔法の影響かしら」


 そう言うと、徐ろにエリーゼは目の前のコップに魔法を掛ける。

 するとそのコップがいきなり皿に変わった。


「え!?何をやったんですか!」


 その皿を手に取るが、何も変哲もないただの皿だ。

 すり替えた?あの一瞬で?

 なら、物質を変化させる魔法か?


「ふふ、これは幻惑魔法の一種の、ある特定のものがそこにあると思わせる魔法ね」


 そう言うと、俺が持っていた皿がコップにいきなり変わる。


「私は幻惑魔法が得意で、この森の幻惑の領域外からは巨大な岩の塊の様に見えてるでしょうね。しかもこんな辺境の地を訪れる人もいないから尚更私達がここに居るって分からないわけなの」


 物凄い魔法だ。

 見た目だけの変化ならまだ頷けるが、質感や感触までそう思わせてしまう魔法とは…。

 この魔法があれば本当になんでも出来そうだ。

 人に向けて幻惑魔法を使い幻惑して、犯罪や窃盗も楽々出来るだろう。

 しかし、それをしないところを見るにやっぱりエリーゼだなと思う。


「こんなことがあったから、王国では私の家族と知られたらダメなの。だから、ノアに話しておきたかったの」


 ―――


「ノア様?大丈夫ですか?」

「ん?あぁ、すみません。二人の過去ならお母さんから聞きましたよ」


 数刻前の出来事を思い返していたら、ノルザさんに心配されてしまった。


「…ノア様、もしかしたら…。いや必ずリーフレットと疑われれば、学校生活は出来ないでしょう。バレてしまえば、私の力でも擁護は不可能になってしまうので、学校では身分を隠して生活をしてもらうことになってしまいます」


 申し訳なさそうにノルザは言う。

 しかし、俺は学べる場所が用意されただけでも有難いし、感謝している。


「大丈夫ですよ。ちゃんとバレないように生活しますから、もしバレてしまったらその時はその時です!」


 ノルザはそれはちょっと…、と引き気味に答えた。

 冗談ですよ、ノルザさん…。


「しかし、ノア様が気負ってなくて安心しました」


 そう言うとノルザは再び前を向いて歩き出した。

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