第3話 二重詠唱
「しっかし、あの伝説のフェンリルだったとは…。生で見るのは初めてだ!」
少し興奮気味にグライドははしゃいでいる。
そりゃそうだろうな…、だってあの伝説のフェンリルだ。
あの白い綺麗な体毛に守られた獣は名前をフェンリルというらしい。
そう、実際に歴史書などで見たことあるとてつもない魔物が目の前にいるのだから、グライドのあの反応は分かる。
「ふふ、そうね。しかもそのフェンリルがこんな可愛い姿に…」
ちょっと、顔が怖いエリーゼがフェンリルを撫でている。
そんなことは意に返さずフェンリルはむしゃむしゃとクッキーを貪っている。
「あぁ、そうだ。先生には名前はあるのか?」
「…名前?フェンリルという名前があるが?」
あれ?もしかしたら魔物には個人ごとに名前を付けないのか?
「ふん、我ら魔物は基本的に種族間で念話が使える。人間のように名前で呼び合わなくとも個人に対して会話が出来る」
俺の疑問が顔に書いてあったか、そう答えられてしまった。
「そうか…、だけど俺は先生と呼べるが、父さんと母さんが呼びにくいだろうな。俺が名前を付けても?」
「フハ、いいぞ。どんなかっこいい名前をつけてくれる?」
お、意外にも乗り気だな。
名前…か。フェンリル…、獣…、赤い瞳…、殺気…、ロリコン…。
うーん…。
あー、わかんねぇ。
「フェルだ」
「!…ふん、まぁよい。」
自分で振っといて割と適当に付けたことがバレたか…?
一瞬驚いたような顔をした後、怖い顔でフェルがこちらを向いて睨む。
幼女の姿であっても迫力があって少し怖い。
―――
「二人とも頑張ってねぇ〜」
フェルに構えた時とはまるで別人かのような物言いでエリーゼは手を振る。
そして、俺とフェルはというと、魔法の訓練のために少し離れたところに来ていた。
「さて、早速だが二重詠唱は出来るか?」
「二重詠唱?そんな技術があるのか?」
「あぁ、見ておれ」
フェルの両手には風魔法と水魔法が出現する。
フェルはその2つを合わせ、空へと手を構える。
「アクアストーム」
その瞬間、青い竜巻が空へと上昇していく。周りの木々が揺らめいてその魔法の威力を物語っている。
天高く昇った竜巻は霧散して消えた。
「っと、まぁこんな感じじゃな」
「す、すごい…」
あれを撃てるようになったら戦力は跳ね上がるな。
あの威力からしてアクアバーストの数倍はありそうだ。
「これが二重詠唱だ。本来なら二つの魔法を合わせる手順は無く、無詠唱中に二つの魔法を合わせれる。だが、今回はやり易いようにこっちのやり方で練習するぞ。そして、二重詠唱のやり方は大きく分けて二つある。一つ目は、口を複製する方法」
「…は?」
「そんな顔をするな。まぁ、主に無詠唱が出来ない人外の魔物などがよく使う方法だ。まぁ、お主には関係はないだろうな」
「そ、そうか。それで二つ目は?」
「うむ、二つ目はさっきも言ったように無詠唱中に合わせる方法。言葉に発すると1つの詠唱と一つの魔法しか出来ないが、無詠唱だと2つの魔法を同時に出現させることが可能になる」
なるほど、二重詠唱か…。
何だか難しそうだが、二重詠唱が出来れば魔法の威力は段違いに変わってくる。
これを覚えない手はないだろう。
「だが、これが一番難しいのは無詠唱じゃな。無詠唱とは、今まで魔法の構築の補助として使ってきた詠唱を無くすのだからな。それはもうめんどくさいから「俺、無詠唱出来るけど」ここから覚悟…?」
話の途中で固まったフェルは数秒の沈黙の後に再起動した。
「まじかよ」
―――
フェルは嬉々として走り回ってた。
どうやら無詠唱の習得が魔法の修行の中で一番厄介でめんどくさいのだとか。
詠唱を必要としてきた者はその詠唱を破棄して、魔法を使うことはかなり難しいらしい。
フェルいわく、「無詠唱の習得は地味で嫌いじゃ。しかも無駄に時間かかる」とのこと。
しかし、フェルのあの口振りの感じは前に誰かに無詠唱を教えたと捉えることが出来るが、俺以外に弟子を持ったことはあるんだろうか?
…悩んでも仕方が無いか、時間がある時にでも聞いてみよう。
「さて、今日はここら辺でいいだろう」
「ふぅー、疲れた」
既に辺りは薄暗くなってきていた。
修行に熱中しすぎた様だ。
今日は形は酷いが、二つの魔法を同時に出現させることは出来た。
何とか、同時に出現させることは出来たが、魔法の統合が全く出来る気がしなかった。
これがまぁムズいのだ。
魔法の属性が違うだけでまるで鳥と魚の如く違うのだ。
これを統合して放つなど俺に出来るだろうか。
「まだ一日目だ。そんなに早く習得出来たら魔法使いはもれなく全員二重詠唱を使えるだろうな」
俺の考えが顔に出てたか…。
…伝説の生き物のフェンリルの弟子がこんな考えじゃダメだ。
「二重詠唱必ず覚えてやる」
俺は右手を突き出して、フェルに…俺の先生にそう宣言した。
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