第5話 才能

 ノルザが来たその夜、辺りの全ての生物が寝静まった頃。

 リーフレット夫妻は光魔法で小さい光を放ち固定し、椅子に座って向かい合っている。


「ノアにはもっと広い場所で色んなことを学んで欲しいと思っていたが、やはり心配だな」


「えぇ。だけど、あんな特大の魔法を放てる子にはこんな森は小さいでしょうね」


 そう言うと夫妻はニコニコと笑い合う。

 だが、その笑顔には少し哀愁が漂っている。


「王立魔剣学校…か。王国一の学校で、教師の質もいい。だからこそ、心配になる」


「そうね…。あの日からもう十七年経ったけど、当然今後も消えることはないでしょうね」


「そうか…。そうだよな。」


 エリーゼが数瞬考えたあと、グライドに話しかける。


「明日、ちゃんとあの子に言わなきゃね」


 光魔法を消し、暗い部屋に月の光が差し込む。

 グライドは、今の話はこれで終わり、と言わんばかりにエリーゼの肩を持って抱き寄せる。

 暗い部屋でもしっかり目視できるほど、エリーゼの頬は紅潮している。

 そして、そのままベットに倒れ込む二人。

 夜は始まったばかりだ。


 ―――


「おや、何をやっているんじゃ?」


 夜遅く、隣の部屋で何やら行為が始まったようなので、思わず部屋を飛び出した。

 本当の家族だとはいえ、俺は前世の記憶を持っている。

 エリーゼは俺を産んだことを思わせないような完璧なスタイルだし、グライドは未だに剣の鍛錬を怠らず筋肉ムキムキイケメンだ。

 そんな二人の行為は流石の俺には刺激が強すぎる。

 そんなことで俺は夜の風に当たっていたのだが、何処からかフェルが現れた。


「いや、ちょっとな。先生もどうだ?」


 徐ろに空間収納から適当な食べ物と地面に敷くシートを取り出す。

 長くなりそうだったので、色々と持ってきたのだった。


「ほう?気が利くではないか」


 相変わらず上から目線なフェルは、ちょこんと座って俺が持ってきたクッキーを頬張る。

 しかし、この場面を目にした人はこの女の子が伝説のフェンリルだとは思うまい。


「空間収納、上達したようじゃの」

「あぁ、お陰様で。先生」


 フェルはあの日の人化した時から姿形が変わっていない。

 恐らく成長はしないのだろう。


 しばらく、沈黙が続く。

 フェルの夜風に真っ白な髪がなびいてフェンリルの面影が浮かぶ。


「そうだ、先生も魔剣学校に来ないか?」


 そう言えば、昼のことについて、ついでに聞いてみることにする。

 出来ることなら付いてきて欲しいものだ。

 まだフェルから学べることは沢山ある。


「ふむ、そうか。ではこの姿では些かおかしいか」


 そう言うと、フェルは立ち上がり白い煙に包まれた。

 数十秒後にでてきたフェルはさっきのフェルとは違い背丈や髪の毛が伸び、大人の雰囲気が漂っている。


「このくらいか?」


 そう言って、こちらを振り返る様子は正しく美の結晶と言っていいだろう。

 前世でも今世でもこれ程の美しい人は見た事がない。

 昼にあったノルザやエリーゼが霞むほどだ。


「ふむ、見とれてしまったか。我が弟子」


「…み、見とれてないよ」


 前の人化の時は詠唱を必要としてたが、今では必要ではなくなったらしいフェルはずっとニタニタと笑ってる。

 ちょっとイラつくが、無視だ。


「しかし、人間社会で我はやって行けると思うか?」


 フェルが心配事とは珍しいな。

 だが、心配はないと思う。

 気配はもはや人間そのものだし、フェルの隠匿魔法で強さも隠されていて俺目線でもごく普通の人間にしか見えない。

 そうとうの術者でもこのフェルの人化を見破るのは難しいだろう。


「先生の人化を見破る人がいたら、その人の弟子になりたいくらいだな」


「ふん、お主のお気楽な考えで我が悩んでるのが馬鹿らしくなってくるではないか」


 そう言うと、フェルはまたクッキーを頬張り始めた。


 ―――


「おはようございます、ノア様」


 早朝、トレーニングのため起きた俺に挨拶をしてくれるノルザさん。

 こんな朝早くなのに、服装はしっかりと整っていて、薄く化粧もしているようだ。

 お客なのだから、もっと寝てても良さそうなのに。


「おはようございます、ノルザさん」


 綺麗なお辞儀だ。

 学校長にもなるとやはり貴族と接する機会が増えるのか、彼女の動きは洗練されている。


「…ノルザさん。2人ともまだ起きないと思うので、軽く一緒にどうですか?」

「えぇ、是非お願いします」


 ―――


 しかし、このノア様はグライド様やエリーゼ様のようにしっかりされていて、流石の一言だ。

 軽く鍛錬を、と誘われたので行ってみるとこれもまた驚いた。

 軽く、と言うのに魔法をバンバカ放ちながら、剣を扱う姿はまるで、お二人の全盛期を掛け合わせたような…。

 それでいて、汗を一つもかいていないところを見ると本当に末恐ろしい子だ。


 それで、私はというと剣と魔法の連撃の対処で精一杯で、本気を出して仕舞おうかと思ってしまう程だ。

 だが、本気を出したところできっと負けてしまうだろうが。


「ぐっ…、くっ!」


 くっ!対処が間に合わない!!


「ぐあ!」


 モロにウォーターボールを食らって後ろに吹っ飛ぶ。


「ありがとうございます」


 なんでもない様に挨拶をするノア様。


「はは、こちらこそ。ノア様と訓練したら私の方が学ぶことが多そうです」


「どうだー?ノルザ。俺の子は最強だろ?」


 グライド様が訓練の様子を見ていたようだ。

 私はグライド様に軽く挨拶をし、肯定をする。

 お二人の子供という事で、それなりに強いと思っていたが、ここまでとは。


「さっ、エリーゼが朝飯作ってくれてるぞ」

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