第40話:瓢箪から駒
今回は仕込んでいたわけではない。
内部の佞臣奸臣悪心をあぶ出そうとしてやったわけではない。
本当に精神的に参っていて、何もかも放りだそうとしていただけだ。
アンネリーゼ上級女王陛下を鍛えようとしていたわけではない。
クリスティーナ方伯を叱責する気があったわけでもない。
陛下の側近達に危機感を持たせたかったわけでもない。
だが結果的に、全て俺に任せればいいと思っていた者達に、努力をしなければ見捨てられるという危機感を持たせる結果になった。
陛下の側近達に使い魔に対する命令権はない。
同じ侍従や侍女として仕事をお願いする事しかできない。
だが、陛下とクリスティーナ方伯は違う。
俺に対する攻撃命令以外ならどのような事でも命令できる。
それが例え人を殺せと言う命令であってもだ。
「バルバラ、ライアン宰相閣下を陥れようとした者共を決して許すな。
全員捕らえて極刑に処す。
相手が王であろうと大公であろうと関係ない。
どれほど歴史と力のある有力貴族であろうと許すな。
いや、国内貴族だけでなく国外の王侯貴族であろうと同じだ
私の親類縁者であろうと一切容赦せずに捕らえよ。
抵抗するならその場で殺しても構わない。
関係する者を全て捕らえてくるのだ!」
普段女性らしいクリスティーナ方伯が、珍しく男のような命令口調だ。
それだけの決意を陛下や周囲の者に示そうとしているのだろう。
何より、まだ10歳でしかない陛下に人を殺すような命令を下させないために、自分が矢面に立つ覚悟なのだろう。
今まではほとんど俺がやってきた事だ。
フェリラン王国併合戦でも、彼女はできるだけ人を殺さないようにしていた。
俺もその気持ちに応える戦術戦略を用意した。
俺の強い面が表に出ている時は、女子供の手を汚させるような事は絶対にしない。
だが、弱い面が表に出ている時は、そのような配慮をしていられない。
それに、庇うだけが女子供に対する優しさではない。
時には厳しく接して、自分自身で生きていける力を付けさせる事、経験を積ませる事が優しさの場合がある。
特に、俺のような心に弱点を持つ者に頼っている状況では、最悪の場合を想定した経験を積ませておいた方がいい。
実際には、そんな配慮ができるような精神状態ではなかった。
単なる偶然でしかなかったが、これまで陛下とクリスティーナ方伯を厳しく鍛えられなかった俺には幸運だった。
ここまで状況が動いてくれているのなら、俺も殿下の言葉で立ち直りかけているが、陛下とクリスティーナ方伯に最後までやってもらう。
こういう心理状態の時は、自殺しかねないくらい暴走してしまうから、自重する。
捕らえたリンスター公爵一派は法に従って処刑された
佞臣奸臣悪心も法に従って処刑された。
奸臣佞臣悪臣と一緒に俺の排斥を企んでいた、外国貴族も王族を処刑された。
王族と国内貴族を俺の使い魔によって捕らえられた近隣諸国は、正式な抗議をしてきたが、その頃には自白魔術で全ての罪を明らかにされていた。
近隣諸国は魔術や拷問による自白は無効だと激しい抗議をしてきたが、どうしても俺に見放されたくない陛下とクリスティーナ方伯は暴走した。
何と、バルバラに命じて近隣諸国の国王と実権を持つ者を誘拐したのだ。
近隣諸国の中には、表面上は専制君主と思われているが、実際には隠居した先王や宰相、最悪の場合は後宮の宦官や道化が実権を握っている場合まである。
バルバラ達使い魔によって、名目上の国王だけでなく、宦官や道化まで誘拐されてきたのを見た陛下とクリスティーナ方伯は、他国の実態にとても驚いていた。
同時に、自分達もよほど気を付けないといけないと心を引き締めていた。
瓢箪から駒が出たと言うべきか、それとも塞翁失馬と言うべきかは分からないが、俺から見れば不幸中の幸い以外の何物でもなかった。
陛下とクリスティーナ方伯は最後まで頑張った。
誘拐してきた専制君主と実権力者に王族や国内貴族の罪を認めさせた。
更に専制君主と実権力者に、自分自身が解放されるための賠償金と身代金の支払いを認めさせた。
ここまではよかったのだが、多少の問題が起きてしまった。
半数の国が専制君主と実権力者の賠償金と身代金を素直に支払ったのだが、残る半数の国では、これ幸いに君主の座と実権力者の座を奪おうとする者が現れたのだ。
そのような国は、内戦が勃発して賠償金や身代金の支払いどころではなくなった。
そこで、そのまま専制君主と実権力者を捕虜にし続けるのか、国に帰してから本人達に賠償金と身代金を支払わせるのか、意見が纏まらなくなってしまったのだ。
「ここまで来たら満点の成功でなくても大丈夫なのですよ。
少々の失敗をしても、陛下の名誉が傷つく事はありません。
陛下の方針で決めればいいのです。
他国であろうと民の命を助けたいのであれば、王達を返せばいいのです。
この機会を利用して国を併合するのなら、軍を侵攻させればいいのです」
俺の精神状態が落ち着き、陛下とクリスティーナが精神的に疲弊しているのが分かったので、表に出て助ける事にした。
「私は他国の事などどうでもいい。
ライアンが側にいてくれるのなら、他に何もいらない。
この国だって捨てていい。
ライアンが助けてくれなければ取り返せなかった国なんかどうでもいい。
クリスティーナとライアンが側にいてくれるだけでいい」
「ご心配とご負担をかけてしまった事、心からお詫びいたします。
何とか病から抜け出すことができました。
ただ、私の病は何時再発するか分かりません。
その時はまた声だけしかお届けできないかもしれません。
いえ、声さえをお届けできないほどの重体に陥るかもしれません。
その時のためにも、私抜きでもやれる体制を整えてください」
「いや、いや、いや、いや。
ライアンが側からいなくなる方が嫌!
全部使い魔にやってもらえばいいよね?
私やライアンがやらなくても、使い魔がやってくれるよね?
だからクリスティーナと一緒にずっと側にいてよ!」
「申し訳ありません、陛下。
私の弱さが陛下をそこまで追い詰めてしまったのですね。
もう陛下にご負担をかけるような事はいたしません。
民の事も無理に責任を背負う必要はありません。
全て使い魔に任せてしまいましょう。
そうすれば、私の病が重くなる事はありません」
「そうですね、それがいいと思います。
陛下やライアン宰相閣下が無理をされて倒れられる方がよほど問題です。
全ての民の命と幸福を陛下と閣下が背負う必要などないと思いました。
人間の家臣は信用できませんが、使い魔なら、少なくとも己の欲や好みで民を苦しめる事だけはないでしょう。
陛下と閣下が少しでも楽になるように、人ではなく使い魔を信用しましょう」
人間でも機械でもなく、使い魔に支配される国か。
それが嫌だ、人間の尊厳が失われているという者がいるのなら、自分の力で国を奪い治めればいい。
俺は陛下と俺のために国を斬り取ったのだ。
他人のプライドのために嫌な思いをしたい訳じゃない。
気に喰わないなら使い魔を滅ぼして俺の首を取ればいい!
ただ、俺の身勝手な考えの所為で陛下が狙われるのだけは我慢ならない。
予防策として、俺が王を名乗っておこう。
俺が諸侯王の立場で、陛下を傀儡にしている事にすれば、使い魔から人の尊厳を取り戻すとほざくような勇者なら、陛下の命までは奪わないだろう。
借金地獄の貧乏男爵家三男に転生してしまったので、冒険者に成ろうとしたのですが、成り上がってしまいました。 克全 @dokatu
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