第39話:逃亡
俺はできるだけ人と会わないようにして、着々と内政と軍備を整えた。
俺がアンネリーゼ上級女王陛下以外と会わなくなったことを、陰で色々という者がいたが、無視した。
無視しなければ、逃げたい病が発症してしまうのが分かっていた。
働きたい病は半ば発症しているので、これに関しては諦めている。
俺が働かなくても使い魔達が働いてくれるから実害はない。
嫌な事からは目を背け耳を塞ぎ、やらなければいけない最低限の事をやる。
近隣諸国が侵攻路に選びそうな場所にオアシスと草原地帯を造り、超巨大草食恐竜軍団と五蓄を放牧する。
その近隣諸国防衛網なのだが、見る者が見れば、壮大なリンスター公爵一派包囲網だと分かる。
リンスター公爵一派、特にリンスター公爵自身が居城としている王都ジェラルドと直接対峙する場所にオアシスと草原地帯を造っていないので、愚か者には分からないだろうが、着々と討伐の準備は整えている。
攻撃を決断した時に必要となる超巨大草食恐竜軍団は、各地に放牧している超大型草食恐竜を少しずつ集めればいい。
肉食恐竜は砂漠地帯のどこにいるのかを把握している。
砂漠地帯との境界線にある町や村が肉食恐竜に奇襲されないように、大量の密偵使い魔を砂漠地帯にも派遣している。
民に被害を出さないために必要な、人から魔力と命力を集める事に重点を置いた使い魔も、俺が極力人に会わずに趣味に没頭しているので、十二分に確保できている。
フェリラン王国併合戦の時のように、戦争のどさくさに紛れて獣欲を満たそうとするような、卑怯下劣な味方を捕らえて厳罰に処するための使い魔も量産してある。
準備は整っているのだが、実行する時期が難しい。
今の俺の精神状態では、この作戦が成功して、リンスター公爵一派を皆殺しにするか捕らえるかしてしまうと、もうやる事はやったと言って逃げ出してしまう。
アンネリーゼ上級女王陛下やクリスティーナ方伯が止めても、止まらない精神状態だと言う事は自分が誰よりも知っている。
だが、俺が表に出なくなったのを幸いに、権力を手に入れようと暗躍する者達が現れるのだから、人間の愚かさ下劣さは救いようがない。
あれほど派手に実力を見せつけたのに、欲に目がくらんで直ぐに忘れる。
自分に都合のいいように真実から目を背けて愚行をくり返す。
これだから人間と一緒に暮らしたくなくなるのだ。
「アンネリーゼ上級女王陛下、このような事を申し上げたくはないのですが、陛下と王国の為には黙っているわけには参りません。
ライアン宰相殿は少し思い上がっているのではありませんか?
上級女王陛下以外とは会わないと言うのは、他の臣下を馬鹿にしているのではないでしょうか?
確かにライアン宰相殿の働きには素晴らしいものがあります。
その事を否定できる者は何処にもおりません。
しかしながら、それは全て上級女王陛下の御威光があっての成果です。
それなのに、上級女王陛下よりも広大で豊かな地を己の物にしています。
ライアン宰相殿の働きは認めた上で、適正な褒美に修正すべきではありませんか?
そうした方が、ライアン宰相殿の負担を減らせると愚考いたします」
異口同音、多少の差はあれど、腹に一物ある者は全員同じような事を言う。
上級女王陛下の心に毒を注ぎ、俺を引き摺り降ろそうとする。
俺が心理的に元気な時なら、ぶち殺して陛下の側から排除した。
だがあの頃の俺は、精神的に何もかもが嫌になっていた。
他人を強制的にどうにかするよりも、自分が逃げだしたい気分だった。
嫌な事をしんどい思いをしてまでやるほどの元気がなかった。
だから上級女王陛下に何も言わなかった。
上級女王陛下が奸臣佞臣悪臣に踊らされるのならそれでいいと思っていた。
まだ幼い上級女王陛下に、権謀術数の中で生き延びてきた、狡猾で老練な貴族士族に騙されずに正しい選択をしろ
できなければ臣下を止めて去ると言う厳しい試練を与えてしまった。
自分でも、とても性格が悪いと思うのだが、あの時には幼い陛下を気遣う精神的な余裕すらなかった。
あのままでは決定的な事態になっていた可能性があった。
だがその前に、俺よりも前に逃げ出した奴がいた。
僭王リンスター公爵ダーニエルが王都ジェラルドから逃げ出したのだ。
「ライアン、何処にいるのだ、ライアン。
ダーニエルが逃げたという報告だけを寄こすのは何故だ。
私の事を見捨てる心算なのか?
私が何か悪い事をしたのか?
悪い事をしたのなら謝るから、もう2度としないから、私を見捨てないで!」
自分の精神状態が悪かったので、どうしても必要な報告以外は全てバルバラに任していたのだが、アンネリーゼ上級女王陛下が泣き出してしまった。
そうバルバラから報告を受けてしまうと、流石に逃げ隠れできなくなる。
「アンネリーゼ上級女王陛下、陛下が悪い事をなされたわけではありません。
私が少々疲れてしまっただけです。
逃げ出した僭王ダーニエルと佞臣共は捕らえてあります。
どのような刑を適用するかは、陛下とクリスティーナ方伯で決めてください」
「どうして姿を見せてくれないの?
姿を見せてよ!」
「今は病気で見た目が悪くなっていますので、治ったらご挨拶させていただきます。
しばらくの間はバルバラ以外の使い魔に声を届けさせますので、それでご容赦願います」
「ライアン宰相閣下、閣下が陛下に会いたくない気持ちは分かります。
だがそれは全て我ら側近が悪のであって、陛下が悪いのではありません。
だが我らも閣下を貶めようとか、閣下が独力で手にいれられた領地や権限を奪おうとしたわけではありません。
あのような連中は、閣下自信が成敗されると思っていたのです。
我々が勝手に手出しすると、閣下の戦略を邪魔してしまうと思ったのです」
殿下と俺の会話を見かねたのだろう。
クリスティーナ方伯が会話に加わってきた。
彼女の言い分も分かるのだが、今の精神状態では悪く受け止めてしまう。
「クリスティーナ方伯の申される事も理解している。
理解しているが、心が受け止められない。
このような状態で陛下の前に出ると、とんでもない事をしでかしかねない。
なので、心が落ち着くまでは、声だけで話しをさせていただきたい」
「ライアン、ライアン、ちゃんとするから、悪い所は治すから。
私を見捨てないで、お願いライアン」
「陛下、ライアン宰相閣下に無理を言う前に、我々が先に悪い所を治さなければ、本当に見捨ててしまわれます。
お願いする前に我々が本気だと言う所を見ていただきましょう」
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