後編
「
「おや。どういう意味でしょう」
「アパートのセキュリティが甘すぎます。個人情報を多く扱う仕事柄、事務所も住居も防犯対策は徹底すべきなのに、ピッキングで開錠できてしまう扉、盗聴器やカメラが容易に置ける家具家電の配置。Wi-Fiも、まだ入居していない私がすぐに傍受できました。住民全員が探偵でありながら、この現状に問題を唱える方は誰もいないのですか?」
「正確には、探偵を名乗っていても調査方法や素行に問題がある方ばかりです」
「と言いますと?」
「まず101号室・
「共謀?」
「生活に困窮するホームレスや無職の人を使って故意に犯罪を起こさせたり、犯人をでっち上げることで犯罪を作っているんです。つまり事実上の自作自演。赤羽さんが自ら推理して解決した事件など、実はひとつも無いのでは? 特に立川警察署では、住所不定の容疑者や無罪を主張したまま起訴される被疑者が著しく多いとデータに上がっています」
「ほう」
「臼井さんの小説が急激に売れ始めたのも数年前からです。実際に起きた、いえ起こした事件をモデルに書くわけですから、リアリティの高い身近なミステリーとして反響を得るのも納得でしょう」
「次に102号室・
「と言いますと?」
「彼は赤羽さんの逆で、事件を最後まで解決させた回数が少なすぎます。迷子のペットはいつまで経っても見つからず、浮気現場はちっとも押さえられない。当たり前じゃないですか。ペットを捕まえたままキープしているのも、下手すれば調査対象の浮気相手も自分自身なんですから」
「ほう」
「彼が幽霊住人と化しているのは、他に借りている部屋があるからですよ。女性人気もなにも、彼は初めからマッチングアプリを使って顧客を集めています。そして顧客のペットを別宅に隠すことで調査をわざと長引かせ、やがて顧客の女性と関係を持つんです。女性との逢引きに使われているのが、この102号室です。毎回違う女性を部屋に連れ込んでいるという、近所からの目撃証言も出ています。私は彼の仕事ぶりよりも、数多の女性をたらしこむ手練手管の方が気になります」
「目撃証言?
「内見は出来なくても、外観はいつでも見られるでしょう? 掛田さん、私が東京へいつ来たかなんて一度でも明言しましたか?」
「201号室・
「それも調べたんですか? 未成年がマッチングアプリなんか使っちゃ駄目ですよ」
「父に頼んで調査を代行してもらったので大丈夫です。先週アプリを介して、黒崎さんにも直接会えたそうです。彼女は少しの間父とデートに興じると、新興宗教の教本や霊力を高めるアクセサリー類のカタログをプレゼントし、彼女が主催するオンラインサロンの入会も勧めてきたとか」
「……」
「彼女の場合、浮気や探偵としての業務よりもそのオンラインサロンが問題です。口コミで入会者を増やしながら言葉巧みにアクセサリーを売りつける、詐欺やマルチ商法の禁止事項に低触する活動を多く展開しています」
「そして、掛田さん。202号室・
「と言いますと?」
「私が住人たちに直接面会できない最大の理由が彼です。金城という探偵は実在しますが、本物の金城さんはすでに亡くなっています。探偵業界の人脈で調べました。つまりこの経歴は、顔写真をのぞいて別人と完全にすり替えられています」
「ほう」
「多少整形しているようですが、直接会えばすぐに判明するでしょう。彼の本名は
亜子が推理を始めてから、まだ五分も経過していないあたりで。
「亜子さん。試験の趣旨を忘れていませんか? 僕は大家を当てろと言ったんだ。誰もアパートの謎を解けとか、ましてや探偵を当てろなんて言っていませんよ」
「それは自白ですか? 掛田さん。ここが決して『探偵アパート』では無いという」
掛田の言葉に、亜子は凛とした声で。
「知っているんです。私が見た不動産のホームページ……あれ、実はつい先週まで全然違う内容でした」
スマホを取り出し、同じURLでありながら今は見ることができないページのスクリーンショットを掛田へ見せつけた。
その画面には『探偵アシスタント募集』の文字が記されていて──
「真の探偵は、テーブルに着く前から調査を完遂させておくものですよ。今ここで推理を組み立てていては遅いんです。殺人事件の第一発見者を最初に疑うように、問題そのものや出題者を疑ってかかるのも当然。そうでしょう? ──アパートの大家にして探偵の掛田さん?」
掛田は亜子の正面席に腰掛け、頬杖を付いて微笑んだ。
「合格……いや、採用だ分島亜子。きみの入居と、探偵助手としての雇用を認めよう。ようこそ探偵アパート──いや、犯罪者アパートへ。きみの最初の仕事は、俺が格安の家賃を餌に全国からおびき寄せた自称探偵たちの闇を暴き、証拠を揃えてとっ捕まえることだ。探偵はやはり、正義の職業でなくちゃね」
探偵アパート入居試験 仲野ゆらぎ @na_kano
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