終幕 善根世伸について 〇
「僕の家族と、友人を返してくれ」
「無理です」
斧の柄とマグライトを握りこんで詰め寄る痩せぎすの男に、
くたびれたコート姿だが、その下には忌々しい守護の力を持つ刺青がびっしり彫られている。おかげで手勢のねぶらまたちは、ろくに歯が立たなかった。
名前は
「……できないはずがないだろう!」
八尋の手が震え、斧の柄といっしょに握りこんでいたマグライトが落ちた。
固い地面の上を跳ね、数珠を構えていた大男の方へと転がっていく。こちらの柊
夜志高は「何やってんですか」と数珠を下ろして背を向けた。ご親切にもマグライトを拾ってやろうというのだ、根本からお人好しらしい。
(今だ)
仕掛けようとした瞬間、善根世はコンマ数秒の差で出遅れたことに気づいた。
視界が真っ赤に染まり、片側が暗く欠けていく。赤と黒の中で、頭蓋いっぱいにゴリゴリと何かを削る音、砂利が金属とこすれて軋むような音が響いた。
自分のこめかみが斧に砕かれる音だ。柄を握る両腕にこめられた力が体の芯まで伝わって、お前はここで死ぬのだと告げる。
ああ、せめて。あの〝おみつきさん〟の息子を仕留めたかった……
おーよらせっせ たまや ねんねさま
おーよらせっせ たまや ねんねさま
ねないこだれに あげましょか
ねないこおいたら うせとった
だーれがねないこ つれてった
ねぶらま かわに ながさった
ねんねんながら ねんねがら
――「僕の家族と、友人を返してくれ」
「無理です」
斧の柄とマグライトを握りこんで詰め寄る痩せぎすの男に、善根世伸はにべもなく答えた。もう一歩、半歩でこちらを殺せる距離だ。
くたびれたコート姿だが、その下には忌々しい守護の力を持つ刺青がびっしり彫られている。おかげで手勢のねぶらまたちは、ろくに歯が立たなかった。
名前は白草八尋。鋭利な線で構成された顔の作りは、どことなく自分と似ている。
「……できないはずがないだろう!」
八尋の手が震え、斧の柄といっしょに握りこんでいたマグライトが落ちた。
固い地面の上を跳ね、数珠を構えていた大男の方へと転がっていく。こちらの柊夜志高は、目の前の痩せ男とは比べものにならないほど厄介な相手だ。
夜志高は「何やってんですか」と数珠を下ろして背を向けた。ご親切にもマグライトを拾ってやろうというのだ、根本からお人好しらしい。
(今だ)
仕掛けようとした瞬間、善根世はコンマ数秒の差で出遅れたことに気づいた。
視界が真っ赤に染まり、片側が暗く欠けていく。赤と黒の中で、頭蓋いっぱいにゴリゴリと何かを削る音、砂利が金属とこすれて軋むような音が響いた。
自分のこめかみが斧に砕かれる音だ。柄を握る両腕にこめられた力が体の芯まで伝わって、お前はここで死ぬのだと告げる。
ああ、せめて。あの〝おみつきさん〟の息子を仕留めたかった……
おーよらせっせ たまや ねんねさま
おーよらせっせ たまや ねんねさま
よこさにころげた つぐなひに
ねぶらまむこうて こうべたれ
なくこ やまこに こうべたれ
かんにんかんにん かんにんなあ
ねんねんながら ねんねがら
――――「僕の家族と、友人を返してくれ」
「無理です」
斧の柄とマグライトを握りこんで詰め寄る八尋に、善根世はにべもなく答えた。彼の鋭利な線で構成された顔の作りは、どことなく自分と似ている。
「……できないはずがないだろう!」
八尋の手が震え、斧の柄といっしょに握りこんでいたマグライトが落ちた。数珠を構えていた夜志高がそれを拾おうなどと親切心を発揮して背を向ける。
そこで先に仕掛けておけば良かったのに。
(今だ)
仕掛けようとした瞬間、善根世はコンマ数秒の差で出遅れ、八尋にこめかみを叩き割られた。ああ、せめて。あの〝おみつきさん〟の息子を仕留めたかった……。
これで何百、何千回、いや何万回だろう。数え切れないほど長い間、こうして自分は死に続けている……。
「白草ァーッ!! よせ! そっから先は地獄だぞ!」
夜志高が火を吐くように怒号した。
「ねねさま! ねねさま! これより白草八尋が、善根世伸に代わってねぶらまとなり、御身にお仕えいたします! どうぞこの
そうか。お前が、今度は自分に成り代わろうと言うのか。それはつまり、この永遠に続く死の輪廻、ねぶらまの棺に囚われるということだ。
くふふ、と笑いをこぼして、善根世の意識は溶けるように消えていった。
おーよらせっせ たまや とーこーしょ
おーよらせっせ たまや とーこーしょ
かみかけちかぁって ふせっしょお
かみかけちかぁって いぬはふる
ねむこはもちやろ あたまやろ
つみとが まつぼって しょいこもお
ねんねんながら ねんねがら
「僕の家族と、友人を返してくれ」
「無理です」
「……できないはずがないだろう!」
「白草ァーッ!! よせ! そっから先は地獄だぞ!」
おーよらせっせ たまや とーこーしょ
おーよらせっせ たまや とーこーしょ
ねのくにそのくに とことはに
もんでこな ねぶらま ねぐせんど
うちまき ごくあげ ねむきうえ
ねんねんながら ねんねがら
数え切れないほどのくり返しの中、善根世は悟る。
この無限ループには終わりがある、と。
その時自分は、猿か、鴉か、蛇か、猫か、犬か、とにかく鳥や魚に虫に生まれ変わって、〝ねねさま〟を
さまざまな命に生まれ変わり、そのたびに〝ねねさま〟に伏して許しを乞いながら、やがて人のねぶらま――ねぶら筋として次の人生へ進む。
その終わりは、また死に続け、獣に生まれ変わり――
ねぶらまとは、神に仕え続けるとは、そういうことだ。
――そっから先は地獄だぞ――
白草八尋、お前もこうなると分かっていたんだろう?
ねんねんながら ねんねがら
ねんねんながら ねんねがら
ねんねんながら ねんねがら
ねんねんながら ねんねがら
ねんねんながら ねんねがら
ねんねんながら ねんねがら……♪
【ひいらぎもどろき祓い ねぶらまの棺 完】
ひいらぎもどろき祓い ねぶらまの棺 雨藤フラシ @Ankhlore
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます