第3話 鳥【最終宿主】

 『ロイコクロリディウム』の一部分を抜粋して読んだ僕の耳に拍手が聞こえた。最初はあくびをしていた生徒も、背筋を伸ばしている。


「マナト先生は今から十年前、この学校を卒業されました。作家活動をされています。本日は特別講師としてお招きしました。調査によると十七人に一人がです。家でご家族のお世話をしている事は立派です。しかし、それを自分が当然やるべき事だと思い込まないで下さい。困った事があれば私達に相談して下さい。夢がある人は諦めないで下さい。そして……」


 壇上から僕が去ったあと、ヤングケアラーを支援するボランティアの女性が話し始めた。一ヶ月前、僕に講演依頼をしてきた女性だ。僕の自叙伝『ロイコクロリディウム』の本を読んで感銘を受け、子供達に希望を与えたいとの事だった。


 最初は乗り気ではなかったが、担任だった梅林先生がこの学校の校長になっていると知って引き受けた。高校進学をし、アルバイトをしながら卒業出来たのも梅林先生が奨学金制度や支援活動について情報を教えてくれたおかげだった。


 母さんが亡くなった時も一番に駆けつけてくれ一緒に泣いて下さった。


「マナト先生、生徒達の質問にお答え頂けますか?」思い出に浸っている僕は現実に戻されて、どんな質問でも受けようと構えた。一番に手を挙げたのは男子だった。


「何でも夢を叶えられる金持ちが鳥って事ですよね。結局はロイコクロリディウムやカタツムリのような人生は送るなって事ですか?」

「君自身はどう思うの?」

「お金があれば何でも手に入るけど、なりたいものになれるかはまた別の話だから……えーと、あの」

「君は何になりたいの?」

「……、……」

 会話が止まった。百人以上いる生徒の前で自分のなりたいものを語る勇気はあるようでない。それが十五才なんだと思う。質問しているのに、自分で答えさせられるのを目の当たりにして、手を挙げる生徒が減った。


「マナト先生はルイさんの事が好きだったのですか? もしかしてお嫁さんになってるとか」女子生徒が少し照れながら質問する。今度は僕が答えられないでいた。


 ルイの事が好きだったのかどうか、今日、僕自身がそれを確かめに来たからだ。僕は梅林先生に許可を貰い、屋上に行く。


◆□


───ロイ子が突然消えた。僕の前から姿を消した。この屋上から消えた。


 ここに来たらロイ子に会える。いや、ルイに会わなくちゃいけない。薫風の中、陽の光を感じながら、ルイの事を思い出す。


 僕は自分の足でここに来る事が出来たよ。ルイに言わせれば、僕は鳥になった。なりたかった作家になったんだ。今、僕は自分の力ではどうする事も出来ない子供達の支援活動をしている。


 ルイ、ロイ子になって僕に教えて欲しい。暗闇にうずくまる子供達を明るい方へ導いて、僕に食べさせて欲しい。僕が羽ばたいて色んな所に連れ出すから。

 

 『ロイコクロリディウム』の本の上に、僕はクリームパンを一つ置いて手を合わせた。今日はルイの命日だから、君に会えるような気がした。


 ルイは僕と待ち合わせした月曜日、ちゃんとここに来た。それなのに朝早く、突然母さんが発作を起こして、救急車で病院に運ばれた。ルイの事、忘れていたわけじゃない。母さんにとったら僕が、僕だけがそばにいてあげられる唯一の存在だった。


 ルイを失望させたんだろうか。ルイも孤独だったんだろうか。言い訳と後悔と泪でぐちゃぐちゃになって、僕はもっと学校に行けなくなった。


 自分を責め続ける僕は、ルイの事を誰にも話せなかった。三ヶ月が過ぎた頃、梅林先生がルイの事を教えてくれた。ルイの悩みや苦しみ、そして僕の事が一年生の時から好きだったって言う事を……。


  

 

 ルイ、ずっと誰にも言えなかった。今、やっと言える。


 やっぱり、僕もルイの事が好きだ。


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ロイコクロリディウム 星都ハナス @hanasu-hosito

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