第11話 アボットの誓い
これだけの人が居ると言うのに私語一つない、これに関して言えば多くの国家がそうではあるが王女を見て見下すような言が無いのは少し不思議ではあった。
「ははは、老体を覚えてお出でのようで嬉しい限り。何やら大変なことになり、心痛を心よりお見舞い申し上げる」
会って話をしたのは十年も前の事、それをわざわざ指摘せずに受け入れる、大人の態度を取るメナス教皇。変だなと感じているのはセシリアだけではない、三師らも妙だと気づいている。
「温かきお言葉、感謝の念が堪えません。座下に在らせられてはご壮健のご様子で――」
「遮って済まぬが最近は体調が優れぬ故、このようなことは省きましょうぞ。セシリア殿下、畏まらずとも構わぬ、心行くまで滞在すると宜しい。ノルディスカが正式に亡命を受け入れる」
性急な宣言に異常を確信する。何かが知らないところで起きている、それが何かは解らないが。左右の臣らも動揺を見せない、これは既定事項であったらしいことが伝わって来た。
「有難う御座います。ですけれど、どうしてでしょう?」
口調を崩して問いかける、流石にはい解りましたで済ますには突拍子もない流れだ。
「それこそが神に最も近き者の意志だからです」
どうしてか微笑に困った感じの表情が混ざる、メナスが神託を受けたとでもいうのだろうか。扉の外が騒がしい、気づくが声には出さなかった。すぐに扉が開かれた。
「セシリア様ぁ……」
全身鎧の男が謁見の間に乱入する。止めようとしている護衛兵や城の衛兵を何人も引きずってだ。
「あの馬鹿者が! 申し訳ございません、この非礼必ずお詫び申し上げます!」
武師が平身低頭額を床にこすりつけてから取り押さえようとして立ち上がる。
「構いません、彼もどうぞこちらへお連れになってください」
メナス教皇が異様な発言をする。この場に居合わせることが出来るような身分ではないし、もし出来たとしてもあの恰好では許されるはずがない。取り付いていた兵らが慌てて離れて退室する、彼らは分を弁えていたからだ。もうアボット、そんなことでは皆さまが驚くでしょうに。
巨人かと思わせる大男が絨毯を進む。これには左右の者らが嫌そうな顔を隠しきれない。
「アボット……」
どう言葉を掛けたら良いのか、セシリアは反応に苦慮する。
「おで……おで……」
何を言いたいのか解らずにどもる、見かねた太師が「下がっておれ、殿下の妨げになる」首を横に振りそう命じる。一体何の乱行だと注目されるが、メナス教皇が許した以上ノルディスカ側が無理に追い出すようなことは出来ない。
「うわーおっきいなァ」
場にそぐわないもう一人の人物、左奥の長椅子にいた少女が突然声を上げてやって来る。栗色の髪は肩位までありふわっとしていて柔らかそうだ、茶色い瞳でセシリアより背が低い、年齢もやや下の様に見えた。
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「そっかそっか、目覚めかけてるのね、久しぶりよ、どんなかしらね!」
アボットの周りをぐるぐると回って見上げている。自由と言うか何と言うか。何者かを知りたいが、セシリアが声を掛けてよいか迷った。使師が全てを鑑みて声を上げた。
「私はグラン・ダルジャン王国使師フォス・コーミルと申します。あなた様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「フラよ。それよりこの人、どうしてこんな契約したのかな」
あまりにも雑な返答に困ってしまう、どうして誰も咎めないのか。
「うーん、セシリアに質問。この人をどうしたいかしら?」
急に矛先を向けられ目を丸くする。もしかするとこれがなにかしらの試しなのかもと真剣に考える。
「アボットは私の大切な友人です。彼が望むようにしてあげられたらと考えています」
「そう。じゃあ彼にどうしたいかを聞いてみましょう」
ちょいちょいと手招きをして、鎧男に顔を近づけるように仕草をする。
「申し訳ございませんが、その者は知性が欠けておりまして、質問に答えられる者では御座いません」
太師が会話に割り込むと述べた。余計なことがこれ以上起きないように、ここらで退場を願っての事でもある。
「知性が欠けているですって? 冗談でしょう、それこそ無知な者の言よ」
少女が不満顔で太師に食って掛かる。扱いをどうしたらよいか解らず彼も困惑した。相も変わらずアボットはぼーっとしてセシリアの傍で立ち尽くしている。不思議な感じがする娘ですわね。ほらしっかりなさい、良い機会ですわよ!
「お言葉ではありますが、殆ど話が通じないのは事実です」
「それはきっと違うわよ。通じていないのではなく、聞いた端から忘れているだけねこれは」
少女の口が動く、けれども何を言っているのか聞き取れなかった。声が小さい。この中に在って唯一セシリアだけが早口で喋っているように聞こえていた。波長の違いで年齢低減する音を聞き取れる者が居ないからだ。
「……お、おではセシリア様の傍でずっとお役に立ちたい」
皆が初めて聞くアボットの長い台詞、これで長いかは主観によるが。あたくしにははっきり聞こえましたわ。今のは一体?
「セシリア、彼はずっと傍で役に立ちたいって。でもきっと今回の様に邪魔に感じられたりすることもあるわよね。そんな時どうするかしら?」
国難を乗り越える為ならば逡巡したかも知れない、けれども先ほどの三師の言葉が脳裏に蘇る。
「彼がそう望むなら、私もそうであれと望みます。何をしてあげられるかは解りませんが、私が彼を認めます」
はっきりと迷いなく、セシリアが己の意思を示した。
「そう。良いわね、あたしこういうのを待ってたの。タイミングはあっち任せにするけど、少しだけ手助けしてあげるわ」
不敵な笑みを浮かべて少女はアボットの手を取った。金属の手甲ごしで体温すら伝わらない。
突然アボットの頭上に炎が巻き起こる。この世の物とは思えないような業火が。驚いた皆が身構え、メナス教皇の前に聖職者らが壁を作った。ところが熱さは無い。あれだけ炎が揺らめいているというのに。ぼんやりと炎の中から人影が浮かび上がって来る。
胸と腰だけを辛うじて布で隠した少女だ。白い肌に黒い髪、何やら蝙蝠のような羽が生えているように見えた。巨大な鎌を肩にかけてきょとんとしている。
「契約執行中に悪いわね、ちょっと自我を戻させて貰うわよ」
「え、あ、あたしが顕現させられてる!」
大慌てで浮かんでいる少女が自身の体を見回していた。皆は呆然と見ているしかない、何が起きているか理解出来ている者など居ない。バレルヘルムを両手でとり、左脇に抱えると、意外と端正な顔つきをしていたアボットがセシリアの前で片方の膝をついた。
「セシリア様、数々の御無礼お許しください」
「アボット?」
急に正気を取り戻したかのような喋りをしたので首を捻る。今奇跡が起きているのかと、聖職者が目を皿のようにしていた。
「はい、殿下。いついかなる時も変わらず、自分への温かいお言葉、心の奥底より感謝しております。主君たる殿下へ忠誠を捧げさせていただきます。どうかご許可を」
あたふたしている大鎌の少女をそのままに「ほらセシリア、返事」栗色の髪の少女が促す。どうしたら良いのか、場の雰囲気もあるが自身の気持ちに素直になり応える。
「有難う御座います。頼りない私ですが、貴方の忠誠を満たせるよう努力いたします。私のエクエス(騎士)」
セシリアがアボットの肩に手で触れる。主従の誓い、互いが破棄しない限りそれは生涯守られる。
「自分は今一度契約の中で自我を殺します。ご壮健であらせられますよう」
暫く黙って見ていた炎の蝙蝠少女が「んじゃバーイ」戻ろうとする。
「まあ待ちなさいよ、あたしが存在の一部を預かって育ててあげるから、その人の自我少し据え置きで宜しく」
「はぁ? アンタ何言って……って。え、え、もしかして!?」
綺麗な顔を歪ませた後に、はっとした表情になり、今度はにやりと笑う。
「そ。オーケーってことでいいわね、んじゃ成立で」
炎が光と共に霧散した、何事も無かったかのように元に戻る。そう今までと何も変わらない、世界のうちで極小さな一つを除いて。
「お、おでは、姫様の傍に」
比べるとほんの少し、意味を理解出来るだけの意思が見て取れた。
「どうなるか解らないけど、見守ってるわよ」
フラはアボットの胸をこつんとしてやる。そして何かを急に思い出したのか「ごっめーん、あたしそろそろ行くわね。メナスも休んで頂戴、お疲れ様ー」なんと教皇を呼び捨てにした。
「いえ、聖下の奇跡を目の当たりにし、感慨の極みに御座います」
「奇跡じゃないけどね」
すると驚くことに姿がかき消えてしまった。この世には不可解なことがあるものだ、そう飲み込めるようになれば一人前だろう。タッハー、なんかあたし変質しちゃったみたいね。まあいいけどさー。
「おで、どっちでも好き」
「え、アボット何か言いましたか?」
セシリアが首を傾げた。突然どっちでも好きとか言えば、変に思われるだろう。けれども彼には声が聞こえたのだ、何者かの。なぁに、もしかしてあんた、あたしの声聞こえてんの? まったく契約を中断はするわ、勝手に再契約の書き換えまでするわ、あの姐さんどんだけだって話よねー。
言葉の通りメナス教皇は彼女らを保護した、その時が来て自発的に国を離れるまで。これは、生涯仕える主を得た騎士アボットの、始まりの物語。
二人称☆姫の騎士は精霊憑き 2830 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka
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